短文。

□幸せの差
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もちろん手放す気なんてさらさらないけど、千鶴ちゃんに警戒心が無い以上は僕が牽制するしかないんだから。
そんな僕の考えなんて知らないであろう千鶴ちゃんはなぜか頬を染めて、視線を思いっ切りおよがせた。


『だって…土方さん見上げていると、沖田さんと同じくらいだから…』






…落ち着くというか……ホッとするというか………





もごもごと蚊の鳴くような声で漏れ出た言葉
…それはつまり


『土方さんに僕を重ねていたってこと?』


それは考えてもいなかったことで。
そういえば最近はなにかと忙しくて、一緒にいる時間なんてほとんどなかった。
そのことに気付いてしまえば、千鶴ちゃんが急にこんなことを言い出した理由が分かった気がした。


つい頬が緩みそうになるのをこらえて、代わり千鶴ちゃんがいつも『意地悪な顔』と形容する笑みを浮かべた。


『…そんなに寂しかった?』

『っ、違います!』


頬を染めていた赤が囁きを落とした耳元まで広がって、面白いくらい真っ赤な顔で反論してくる。
けど、そんなにむきになっていたら肯定と同じだ。
そんな素直じゃないところも気に入ってるんだけど………







手近な部屋に千鶴ちゃんを引き入れて、少し強引に唇を塞いだ。


『…んっ』と、鼻から抜ける声と僕の胸元を押しやる腕を無視して角度を変えてもう一度。


触れるだけの、子供の戯れのような口づけもこの子とすると特別に甘く感じるのはどうしてかな。
その甘く柔らかい唇から離れる瞬間が名残惜しいとか。


そんなふうに思ったりするなんて知らなかった。


それでも聞きたい言葉があったから。


『…寂しかった?』


唇に吐息がかかる距離でもう一度言問うと、胸を押していた手が衿をつかんで離さない。
素直じゃない千鶴ちゃんの小さな肯定のしるし。


『寂しいならそう言ってくれないと分からないよ』

『……でも…』


想いを通わせたから相手の考えがすべて分かる、なんて思っていない。
それはただの傲慢だ。
それじゃあ一緒にいる意味がない。


だから何でも話してほしいのに千鶴ちゃんはそれきり黙り込んでしまう。
こうなると自分からは何も言わない。
それも知っていたから。


『言わないなら…』


いじめちゃうよ、とわざと耳元で囁くとびくりと肩を震わせて怯えた顔で見上げてくる。
……恋人相手にその反応はないんじゃないかと思うけど、今までさんざんいじめてきた僕が悪いんだから仕方ない。

そう、千鶴ちゃんは悪くない、んだけど……


(でも最近はそうでもないと思うんだけどな…)


ただの居候という認識から恋人という間柄になって、それからは自分なりに優しくしてきたつもりだった。
…それなりにからかったりはするけど。


でもこういう時にどうすればいいか…わからない。


剣術はたくさん教えてもらってきたけど、こういう感情の示し方なんて誰も教えてくれなかったから。
僕にできるのはせいぜい意地悪にかこつけて、なんとか本音を聞き出すことくらいだ。




なんだかいっそため息の一つでもつきたい気分。





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