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□繋がる糸の先に…
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なんだか怒ってるみたいな先輩にこれ以上同じ事は聞けず、色は自分で決めることにした。


『じゃあ、この中だったらどれが一番肌触りがいいと思いますか?』

「それだって同じだよ。僕が決めていい事じゃないでしょ。」


せめて肌触りだけはと聞いてみたけどやっぱり素っ気ない言葉が返ってくるだけ。


それがなぜか辛くて…無意識にブレザーの裾を握り締めていた。どうすれば良かったのか考えても分からなくて、こんなふうに落ち込んでいるところを見られたくなくて顔を下に向けた。


「…貸して。でもホント、どうなっても知らないよ?」


先輩はそんな私に呆れたのか、ため息混じりにそう言って差し出した右手。私はお礼とともに選んだ三つの毛糸を乗せた。


先輩はそのひとつひとつを握ったり手の平で転がすように触るけど、その違いが分からないのか首を傾げる。


『手の甲に当ててみてください。本当は首元辺りで試したいんですけど、それも売り物ですから。』


私のアドバイスに従って手の甲で滑らせるように確かめていた先輩は、最後の一個が気に入ったようで。


「…あ、コレがいいかも。」


と、軽く握ったり手の甲で何度もその肌触りを確認していた。


やっぱり聞いてみて正解だったみたい。私的には最初の毛糸が好みだったけど、男の人とは感じ方が違うらしい。お礼を言う私に「…どういたしまして。」と素っ気ない言葉が返ってきたけど、毛糸選びを再開した私にはそんなことを気にする余裕はなかった。




(…似合う色…先輩にってどれがいいのかな?)


さっきから目に入った毛糸を興味なさそうに触っている沖田先輩を盗み見ながら、何度も手に取る毛糸とを見比べる。


「まだ時間がかかりそうだし、あっち見てていい?」


あっち、と指差した先には文房具コーナーがあった。さすがに先輩も待つのに飽きたんだろう。


『あ、はい。時間がかかってしまってすみません。』

「付き合うって言ったの僕だし気にしないで。」


背を向けて行ってしまった先輩はやっぱり怒ってるみたいだった。


(…何やってるんだろう。普段怒らない先輩をあんなふうになるまで待たせて。)


マフラーを編むのだって頼まれたわけじゃない以上、結局は自己満足のためのものでしかないのに。


涙が出てきたけどそれに気付かないふりをして手と頭を動かし続けた。


やっと色が決まったのはそれから十分後。それから急いで会計を終わらせて沖田先輩の元へと向かった。


『お待たせしました。』

「終わった?」

『はい。会計も終わらせました。』

「そう。じゃあ、帰ろうか。」


手にしていた白い袋をちょっと持ち上げる仕草をすると、先輩はそれを一瞥してさっと背を向けて先に歩きだした。


私はその後を急いで追い掛けるけど、沖田先輩の歩幅とは差がありすぎて小走りになってしまう。そして、いつも隣を歩けたのは先輩が私の歩幅と合わせてくれていたからだと、沖田先輩の背中を見て初めて知った。


いつもなら買い物帰りはこれから編むものを考えたりして一番楽しいはずの時間なのに、目に映る先輩の背中がそうはさせてくれなかった。


そしてその背中を見ているのが辛くて俯きがちに歩いていた私は、沖田先輩が振り返っていたことには気付かなかった…。





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