想いの行方(仮)
□こたえ
4ページ/6ページ
いつも弄られていた相手に急に好意を示されたらさすがに戸惑うか。
ただでさえこの子はそういったことに慣れていなさそうだし。
…慣れていたら、それはそれで嫌だけど。
「…本当に逃げない?」
まだもう少しそのままでいたかった腕を解いて閉じこめていた小さな身体を解放してやると『…えっ?』と、驚いた顔で見上げてくる。
…そんな顔されるとちょっとまずい。
「なに、その顔。離してあげないほうがよかった?」
苛めてあげたくなるのを堪えて聞けば、僕の言葉にぶんぶんと首を振って否定する。
それは想定内だけど…そんなに必死にならなくてもいいと思うんだ。
せっかく離してあげたのに、と恨みがましく見ていると、素早く不自然に離された人二人分の距離。
まるでいつかみたいだ。
この距離が千鶴ちゃんにとって僕との間合いってことなのかもしれない。
すぐそばには居たくない
けれどこの距離ならなんとか平静でいられる
…そういう意味なのかもしれない。
僕ら剣士にとっては短すぎるけど、それに気づいてしまえば精神的に参る距離。
以前は…あの日だってすぐ隣に座って笑って話していたはずなのに。
(自業自得、か…)
それでも過ぎた刻が戻るわけでも、自分がしたことがなかったことになんてならない。
だから少しずつでも挽回していくしかない。
今がその一歩になるのかどうかはわからないけど。
「……え…っと、巡察…だったんですか?」
「違うよ。これからだけど、千鶴ちゃんは……来ないよね?」
手にしていた隊服に気が付いて問われた言葉に、多分そうだろうなと思う問いを投げた。返事は聞くまでもなく、俯けたままの顔を見れば一目瞭然だった。
「…すみません」
「謝られることじゃないよ。別に強制してるわけでもないし。巡察の同行は、行きたくなったらでいいんじゃない」
綱道さんを早く見つけだしたいのは新選組も千鶴ちゃんも同じだ。
特にこの子にとって綱道さんは唯一の肉親。
一度でも多く巡察に同行して、探したり情報を集めたりしたいはずなのに。
でもだからって代わりに自分が探す、とも言えない。
この巡察はあくまで京の治安維持が目的で、人探しのためではないから。
新選組が綱道さんを探していることを表沙汰にできない以上、それはあくまで「ついで」になる。
千鶴ちゃんがするように人に尋ねてばかりはいられない。
それに僕にそんなことを言われても困るだけだろうしね。
別に見返りを期待しているわけじゃないけど、この状況ならそうとられてもおかしくない。
ため息でも吐きたくなるのをこらえてとりあえず、なにをおいてでも今、果たさなければならない目的。
「…それでさ、この間僕が言ったこと、覚えてる?」
僕の言葉に千鶴ちゃんの小さな肩が大げさなほどびくっと跳ねる。
どうやら忘れていなかったみたいで少しほっとした。
思っていたほど鈍いわけではないらしい。
「今、聞いていいかな?」
返ってくる言葉を想像すると聞きたくなくなるけど、今もこの間も、自分から返事を催促したのは自分からなんだから。
逃げるなんてできない。
握りしめた手のひらに汗が浮かぶ。
二人の間に広がった沈黙が痛いほどの静寂を作り出して、がらにもなく緊張してきた。
すぐ答えが聞けるのかと思っていたのに、千鶴ちゃんはさっきからずっと俯いて黙ったままだし。
もしかしたら…、なんて期待もできない状況で待つのはかなり辛い。
それに時間もそろそろ限界だ。
「…あのさ……」
「…あのっ……」
もう一度声をかけようと口にした言葉が、同じ言葉に重なる。
そしてようやく見ることができたずっと俯いていた顔は、こんな状況だっていうのにそれを忘れるくらい、面白いくらい真っ赤だった。
「…どうして笑ってるんですか?」
「…笑ってないよ。気のせいじゃない?」
「これが気のせいだったら、世の中笑っている人なんていなくなります」
千鶴ちゃんにしては珍しい反論。
そしていかにも怒っています、と言いたげに赤く染まった頬が小さく膨らんだ。
そんな顔もいいな、なんてつい頬が緩んでしまうのを咳払いで誤魔化してもう一度、さっきの言葉を口にした。
「…この間僕が言ったこと、覚えてる?今、聞いていい?」
ことさらゆっくりと発した言葉は妙に響いて余韻を残して消えていった。
ぎこちなく頷いた千鶴ちゃんが俯けた顔をもう一度上げるまで、またかなりの時間を要したけど、今度はもう何も言わずにその時を待った。
。