短文。

□Secret Honey
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あの出来事が夢だったら何も起きない。


……でも


夢じゃなかったら言葉通りになる。





扉の前に立ってどのくらいたったのか。


お昼ご飯を食べたあとでいい、と言われたけれど、気になって気になって……お昼ご飯を食べる気になんてなれなくて。
4時限目が終わるとすぐにここに来ていた。




―――じゃあ、夢じゃないって証拠。次にここに来たときに――…・・




よみがえる、いつもと違う潜めた声。


合わせた額の熱も妙にリアルに思い出せる。


なのにどうしても現実味がないのは、あの人が私とは違うから。




―――先生だから。




……せめて1才か2才差なら…


……せめてまだ「学生」と名の付く大学生だったら


こんなに悩んだりしなかったんだろうなといつも思う。




なのに現実は高校なんてとっくに卒業して、大学も卒業している、年齢的にも立場的にもずっと遠くにいる人。

手の届かない人。

仮に届いても、握り返してくれることが決して許されない人。




この扉の奥にいる人はそういう人。


だから昨日のことは夢。


自分にどこまでも都合よくできた夢を見ただけだ。




私はやりきれない想いをため息で吐きだすと、目の前の扉をノックした。


『…一年の雪村です』


どうぞ、との声を待って入室した部屋は化学準備室。
独特の匂いが漂うここにはスチール製の机が2個。
そして同じような素材の鍵つきの棚が壁側に並んで、本や薬品が置かれていた。


『早かったね。ご飯食べたあとでいいって言ったのに』

『…すみません。出直した方がいいのならそうします』

『いや、別に今でもいいんだけど。ただ、まだクラス毎に分けてないんだ、プリント』


机に向かったままの先生が指だけで指した先に積まれた大量のプリント。
…宿題みたい。


『悪いんだけどさ、君のクラスの人数分を数えて持っていってくれない?』

『あ、はい…』


こちらに一度も視線を向けることなく言われた言葉に私は頷いた。




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