短文。
□Trick and Treat!
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『trick or treat♪』
少女の元気な声が聞こえ、急に現れたその声の主。
そして差し出されたのはシンプルにラッピングされた、この時期定番のカボチャの形をしたランタン型のクッキー。
視線を上げて少女の姿を見れば黒いとんがり帽子と、肩にはこちらも黒いマントを引きずりそうになりながらも身に付けて、そして手には籠を下げていた。
『…なにしてるの、千鶴ちゃん』
これから部活に向かおうとしていた沖田は、校舎と道場を繋ぐ渡り廊下をまるで通せんぼをするがごとく現れた千鶴に訝しげに声をかけた。
この行動に多少驚きはしたが、沖田はいたって冷静に返す。
その様子を見た千鶴は不満げに頬を膨らませた。
『なにって、今日はハロウィンですよ。お菓子がもらえる日ですっ!』
ですからどうぞ、と手にのせたクッキーを再度差し出される。
なんだか違うような…、と腑に落ちないながらも、お菓子だしまあいいか、とそれを受けとる。
クッキーはどうやらこれは千鶴の手作りらしい。
籠の中にまだいくつか同じものがあるところを見れば、これから誰かに配りに行くつもりなんだろう。しかし…。
『ねえ、千鶴ちゃん。さっきの、なにか違うんじゃない?』
『違うって、なにがですか?』
なにが?と首を傾げる千鶴は本気でわかっていないようだった。
いつもなら遠慮なしにからかってやるところだが、ここまでおもいっきりズレていると、からかうどころか逆にどうしたものかと悩んでしまう。
向かい合う二人がう〜ん、と考え込んでいると、沖田の背後から声がかけられた。
『そんなところで何してんだ?』
『…なんだ、平助か』
『あっ、平助君』
声の主である平助の姿を確認した千鶴は、マントを翻しながら近づくと、例の…
『trick or treat♪』
と、このイベント定番の掛け声を言って、持っていた籠の中のお菓子を差し出す。
平助はそれを受けとりサンキュー、と口にし、貰ったばかりのクッキーに早速かじりついた。
(いやいやいや、そうじゃないでしょ…!)
どうして平助はなんとも思わないのか不思議でたまらない。
それとも自分が過剰に反応してしまっているだけなのか。
『平助はさ、おかしいと思わないの?千鶴ちゃんのアレ』
『はあ?……あ〜…、本人が楽しそうだし、いいんじゃねえの』
柄にもなく不安になって聞いてみると、平助から返ってきた答えは沖田の質問を是と言っているも同然の内容だった。
『…平助君、キミ、何年千鶴ちゃんの幼馴染みやってるの?』
『え〜、いつからだっけ?小学校上がる前からだから…10年以上?』
『そんなことはどうでもいいけど、幼馴染みが間違ってたら、それを正してあげるのも幼馴染みなんじゃないの?』
1、2、3…と指折り数える平助にどうでもいい、といい放った沖田。さすがの平助もその言い方にはカチンときた。
『あのなぁ、自分から人にものを聞いておいて、どうでもいいはないだろ!』
『そんなことどうでもいいんだよ、些細なことなの、君と同じでちっぽけなことなんだよ。僕が聞きたいことは、どうして千鶴ちゃんがこんな格好して、こんなことをしてるのか、ってこと』
『千鶴がどんな格好で何をしようと、千鶴の勝手だろ!てか、俺と同じでちっぽけ、ってなんだよ!!』
『自覚がないなら教えてあげようか?君の身長と存在が…』
『あ、あの……』
千鶴がおずおずと声をかけると、二人の言い争いはぴたりと止んだ。
普段は仲がいい二人(千鶴視点)が言い争いをしている。しかもその原因は多分、自分だ。
千鶴は罪悪感から小さく縮こまった。
知らないうちに何かやらかしてしまったのか…、と二人を窺う視線に先に気づいたのは、幼馴染みである平助だった。
『あ〜…あのさぁ、いつか言おう言おうと思ってたんだけど…』
『うん…』
『千鶴のソレ、間違ってるんだよ』
『…ソレって、どれ?』
頭を掻きながら言いにくそうに口にした平助の指摘に、千鶴は小首を傾げて自分の姿を見下ろす。
マントの中は制服で仮装というにはお粗末かもしれないが、魔女風を目指した姿はコンセプトとしては間違えてないはず。
そして忘れてはいけないお菓子も。
お店で売っているものでは懐に不安があったので、千鶴の手作りになった。
しかし手作りが悪いとは聞いたことがない。
う〜ん…、と考え込む千鶴と幼馴染みとしての付き合いが長い平助は、千鶴が考えていることが手に取るようにわかっていた。
だから言いにくそうに、でもはっきりと千鶴が長年勘違いしていたことを説明したのだった。
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