短文。

□Trick and Treat!
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『もう!いい加減笑うの止めてください!』

『…っ、だって…お菓子あげる側が…、っダメだ、もう無理…っ!』


なんとか堪えていた笑いが、千鶴を見た瞬間にまたこみ上げてくる。

文字通り腹を抱えて、歩行困難なほど笑う沖田を、真っ赤に染めた頬を膨らませた千鶴が恨みがましく睨んでいる。



部活が始まっても、千鶴を見るたび吹き出していた沖田。
千鶴がそれを睨んでも逆効果で沖田はさらに笑い転げていた。
しまいには居たたまれなくなった千鶴が部室に閉じ籠る、という事件にまで発展したのだ。

おかげで剣道部員みんなの帰る時間が若干遅くなり、今日中に千鶴の機嫌をなおすこと、と斎藤から厳命を受けた沖田は二人で下校中だった―――のだが。ことあるごとに笑い転げる沖田のせいで、その歩みは一向に進まない。

千鶴の場合、沖田を置いていけばいいだけのことだが、変なところで持ち前の人のよさを発揮してそんなことはできなかった。

知らなかったこととはいえ、さっき平助に教えられるまでずっと間違いを披露してきた。

しかも今回はコスプレ紛いのことまでして、皆の目にはさぞおかしな人物に映ったことだろう。


『…どうして誰も教えてくれなかったの……?』


千鶴は恥ずかしさと情けなさから涙が滲んでいた。


『だって…あんなに楽しそうにしてたら、誰も何も言えないって』


あ〜、笑いすぎて涙出てきた、と沖田が目元を拭いながらようやく歩き始める。


『だって、中学じゃ食べ物は校内に持ち込み禁止だったから…。斎藤先輩に相談したらハメを外さない範囲だったらいい、って』

『それで千鶴ちゃんは、みんなに笑いとお菓子を提供した…と。そういうこと?』

『ち、違います!みなさん、ありがとう、って!笑っていたのは沖田先輩だけです!』

『そうなの?みんな笑いを堪えてただけじゃない?』

『笑ってません!平助君は黙っていたことを謝ってくれたし、斎藤先輩は…少し呆れていたかもしれないけど、沖田先輩みたいに笑ってなんかいませんでした!』


ぷいっと顔を背けて沖田の先をずんずんと進む千鶴。
その背中を待ってよ、と反省もなにも見えない沖田が軽快に追う。

毎日のように繰り返される、二人のやりとり。

それを結構気に入っている沖田がわざと千鶴をからかっている、ということは本人は知らないだろう。


『ねえ、待ってよ、千鶴ちゃん』

『…』

『ねえ、聞いてる?』

『……』

『ねえってば』

『………なんですか』


この至近距離で声をかけられて聞こえないはずがない。
それを知ったうえでしつこく声をかければ、折れた千鶴が返事をする。

それもいつものことだ。


『人にあげてばっかりで、千鶴ちゃんはお菓子もらってないでしょ。せっかく平助に正しい使い方を教えてもらったんだし、やってみたいと思わない?』

『…それは……』


…確かにやってみたい。


今日のことは自分が勝手にやっただけ。
別に見返りを期待してやったわけではない。

けれど、それでもそんなふうに言われたら…。


『今日はお菓子をもらえる日だ、って言ったのは千鶴ちゃんじゃなかった?』


まだ悩みまくっている千鶴ににっこりと笑いながら言われた言葉。
それは千鶴の我慢を突き崩すには充分すぎる威力で。


『…えっと……trick or…treat…』


控えめな声で言うと、小さな手をおずおずと差し出した。

それを見た沖田がよくできました、と言わんばかりに深めた笑みに千鶴の期待が否応なしに膨らんだ。



しかし次の言葉に千鶴の期待はどん底まで突き落とされた。


『今日は何も持ってないんだ、ごめんね』


悪びれもなく口にして、おまけに沖田は小首を傾げた。

見る人が見れば馬鹿にされていると受け取れても仕方のない仕草。

いつもは何か持ってるんだけどね〜、なんて笑いながら言ってのける沖田を千鶴は呆然と見た。


『でも、お菓子をもらえなかったから悪戯できるんだよ』

『……え?』


沈みそうになった意識が無意識に拾い上げた言葉に反応ができず、つい声が漏れる。


『だって、【お菓子をくれないと悪戯するぞ】って意味だって教わったでしょ』


千鶴は、さあどうぞ、と楽しそうに笑みを浮かべて両腕を広げる目の前の人物を見上げた。




…悪戯って




…沖田先輩に…私が……?




いつも散々されてきて、困惑させられ迷惑させられてきたけれど、だからといって自分がするとなると話は別で…。


『無理です!無理無理!!そんなことできません!!』

『え〜、でも千鶴ちゃんにお菓子あげられなかったし。お詫びに悪戯させられてあげるよ?』

『させられてあげる…とかじゃなくてですね、私が無理なんです!』

『どうして?』

『どうしてって…』


まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった千鶴は必死に拒否するが、逆に沖田に問われて口ごもる。





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