短文。

□たったひとつだけ…【前編】
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話の肴にと摘まんでいた某ブランドのトリュフは、今朝全く知らない他校の女子から受け取ったものだった。
押しつけるように渡され、その後すぐ逃げられたため返すことができず、仕方なく持ってきていた。

ココアパウダーに包まれたチョコを指差せば、平助は大袈裟に驚いてくれた。
その間抜けな顔を見たら、朝から溜め込んでいたイライラが少しは減った気がした。


『…嘘だろ。6個入りってことは…』


小学生でもできる掛け算で導きだした数字に、今度は呆然といった顔で僕の手の中にある塊を見る。

そして僕は最後の一つを口に入れた。


『ただのチョコが一個600円て…ぼったくりすぎじゃねえ?』

『そうでもないよ。確か最高級のカカオに、こだわりのバターがどうの、有名パティシエがどうのってヤツだから』


最近はブランド名だけでは売れない厳しいご時世らしい。
誰もが知ってるような有名ブランドでも、それなり以上のこだわりがなければ見向きもされないみたいだ。


『…なんで総司がんなこと知ってんだよ』

『前にテレビでやってて、一度食べてみたいなって思ってたんだ。で、ちょうど貰えたからどんなものなのかな、と』

『で?』

『なに?もう無いよ』

『そうじゃねえよ!人が貰ったもん取ろうなんて考えてねえし!そうじゃなくて、味だよ、味。一粒600円とやらの味はどうだったのか、って聞いてんの』

『ああ。………普通?』


僕の感想に平助は、はぁ?と声を上げ、信じられないものを見るような目を向けてくる。

…なんだか不快。


『普通ってことはねえだろ。最高級でこだわりで有名なんだろ?もっとこう…とろけるような〜とか、香りが〜とか、あるんじゃねえの?』

『そんなこと言われてもなぁ…』


普通に美味しいものに『普通』以外の感想を求められても、他に言いようがない。

確かに、コンビニに売っているメーカーもののチョコに比べたら美味しい。
けど全然値段が違うんだから、比べたら可哀想な気がするし。
それに一君みたいに変なこだわりがあるわけじゃないから、細かいことなんて分からない。

とりあえず思うことは。


『こんなの貰うんだったら、チロルチョコを同じ値段分の方が嬉しいかも』

『おま…。300個も貰ったら、それこそ迷惑なんじゃねえの…?』

『……それもそうか』


仮に毎日3個ずつ食べたとしても、全てを消費するのに3ヶ月以上かかる。
それまで送り主の念に付きまとわれるのかと思うと、鬱陶しいことこの上ない。

平助もたまには良いこと言うよね。


『でもさ…』


僕はもう一度、窓の外を見た。

今度は見つけられた小さな人影に、なんとも自分らしくない思いが溢れてくる。


『本当に欲しいのは一つだけ、なんだけどね…』


そう、一つだけ。

こんな一粒何百円のやつじゃなくてもいい。

コンビニのチョコでもいい。

嫌な日だと言っても、やっぱり特別な一個は欲しいんだ。


『チロルチョコ一個がいいのか?』

『…そうじゃなくて………もういいよ』


完全に的外れな相づちのせいで、一気に現実に引き戻された。
脱力して溜め息を吐いた僕を不思議そうに見る平助に、色々と説明する気力もなかった。
その必要性も。

別に同意をしてもらいたかったわけじゃないけど、平助にこんな話をしたのが間違いだった。
なんだか胸の中のもやもやが増えただけの気がする。

そして鳴り響く、本日最後の授業開始を報せるチャイム。

まだ話し続けていた一君を連れて、僕たちは教室に戻った。






つまらない授業中、考えていたことは一つだけ。

まさか自分もこんなイベントに振り回されることになるなんて、思ってもみなかった。

あの性格上、きっと貰えると思う。

先輩だから。
いつもお世話になっているから。
皆にもあげるから。

きっとそんな『ついで』みたいな理由で。

悔しいけど、僕はその他の先輩たちと同列に見られていると思うから。

誰かの本命になりたいんじゃない。


…自分の本命の『本命』になりたい


なんて、女々しすぎるかな?
僕らしくない?
でも、そう思っちゃうんだ。




人気の少ない場所で呼び止められて。

振り向いた先には、赤くなった顔を隠すために俯いたまま、僕の顔を見れずにいる。

きっと上手く話せなくて、言葉少なに差し出される、震えた手。

そこには―――。




…という願望が無いとは言わない。

虚しい妄想だとわかってる。でも悲しいかな、僕も男だから。

あの子に限っては、手作りもいいな、とか。
…というか、そんなことになったら嬉しすぎて手をつけることができないかも…。

なんて、どこまでも僕らしくないことしか浮かばない。

とりあえず…。

このつまらない授業が終わるまで、貰えるまで。
このまま悶々と悩み続けるんだろうことは明白だった。







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