短文。
□たったひとつだけ…【後編】
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カタカタカタ…
ボタンを押す音が静かな部室に響き渡る。
最後のボタンを押して、何度目かの数字にまたため息が出た。
「…やっぱり合わない」
目の前の帳簿と領収書の束をもう一度照らし合わせていく。
…領収書の枚数は合ってる。
合ってるのに残金と合計金額が合わないのはどうしてだろう。
そろそろ年度末の会計報告があるからと言われて、私は部活の時間のほとんどを電卓の数字とにらめっこしていた。
義務教育が終わればお金を扱うことも自己責任になる。
今回の場合は部費だから最終的な責任者は顧問の先生だけど、それでも私の責任は重大だ。
部費を使って買い物をするのはほとんど私。
遠征や合宿や大会で必要なドリンクや軽食、消耗品など、顧問や部長に部費で落ちるか確認しながら買っている。
時々個人が買ってきたものが部費扱いになるけど、それでも報告は逐一受けているし、そもそも領収書を受け取っているのも私。
もちろん横領なんてしていないし、誰もするはずない。
もしかしたらどこかで誰かの領収書を無くしたのかもしれない。
だとしたら何度同じことを繰り返しても、結果は変わらない。
とりあえず一旦保留にして、気分転換に部室の掃除でもしよう、と使っていた筆記用具をペンケースにしまおうとした。
その時、ちらりと見えたものに、私はまたため息を吐いた。
…渡せなかったメッセージカード。
小さな封筒に入った、一回りほど小さなカードを取り出す。
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To 沖田先輩
From 雪村千鶴
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先月の今日、本当なら一緒に渡すはずだった。
そのために色々考えて、準備して…でも一番伝えたいことは書けなくて。
そして一番重要な物は手渡せず、内緒で鞄の中に入れた。
人の鞄を勝手に開けるなんて罪悪感でいっぱいだったけど、どうしても捨てられなかった。
差出人不明のアレを先輩がどうしたのかはわからない。
気味悪がられて捨てられたか、中身を見て捨てられたか…。
思い付くのはどれも同じ、最悪の結果ばかり。
だって食べてもらえる可能性なんて、ない。
毎年あげている父、兄、幼馴染みの平助君と、今年から部活でお世話になっている斎藤先輩が加わって。
そこにもう一人、特別な人が加わる予定だった。
…そう。
『だった』
(…まさか手作りが嫌いだなんて)
少しも考えもしなかった。そういう考えを持つ人がいることを。
一つだけ。
特別な人だからと手作りした一つだった。
あの時、聞いてしまった会話と、その手の中にあったもの。
一粒600円。
私が作ったものの材料費と比べて、またため息が出た。
「…だって、全然勝てないよ」
私は項垂れるように机に突っ伏した。
『値段の勝ち負けじゃない。気持ちが大事』
少し前の私だったら、そう言っていたかもしれない。
でも材料費とラッピング代を足しても、3粒分にも満たない自分のチョコレートを、どうしても手渡すことができなかった。
なのに捨てられなかったメッセージカード。
1ヶ月、これを見るたびにため息を吐いて、落ち込んで。
そして話を聞いてしまう前に渡さなくてよかったと、ちょっとだけ安心して。
でも変わらない現状にまた落ち込んで。
だから、差出人が分からないから捨てられたんだ、と思うことで自分を誤魔化した。
でもそれは一時的に逃げただけで、根本的な解決にはなっていない。
手元に残るこのカードが、いつも現実を教えてくれた。
意気地がなかった私。
惨めな私。
卑怯な私。
「…やっぱり止めればよかったな」
勇気を出してみよう、と張り切っていたあの時に戻れるなら、全力で止めたい。
。