想いの行方(仮)

□飲まれたのは酒か、それとも…
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「…さっきから何も口にしていませんけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫って、何が?」


質問の意図がつかめず、質問に質問で返す。
すると千鶴ちゃんは少し困った顔をした。


「さっきも言いましたけど、何も食べないでお酒だけ、なんて、お身体によくないです。少しでもいいので、何か召し上がってください」

「何かって言われてもなあ…」


お酒だけで済ませることなんて、よくあることだし、結構飲んでる今日にいたっては、もう今更だし。
そう思って杯を傾ける僕を見る目は、本当に身体のことを心配してくれているんだろうというのが分かる。

でも屯所でもいつもこんな感じだ。
それに僕の分の膳は、もうほとんど千鶴ちゃんのお腹の中。
食べたくなったら、あらかじめ彼女へとあてがわれたものを食べればいい。そう自分で言った…んだけど。


「沖田さん?」


畳の縫い目を見たまま黙り込んでいると、伺うように声をかけられ、そちらを見る。
そう、僕のすぐ横。

何も言わない僕を、首を少し傾げて見上げている。


「千鶴ちゃんはさ、飲まないの、お酒?」

「私ですか?私は結構です」

「どうして?」

「そんなに強くないですし、それに…」


結構です、と言い切った時とは裏腹に、千鶴ちゃんは視線を逸らして言いあぐねる。

そんな彼女の様子をじっと見ていると、小さく肩を落とした。


「さっきから質問ばかりしていたんですから、私も答えないと狡いですよね」

「いや、そういう意味じゃないんだけど…」


ただ酒を飲まないのか、と聞いただけなのに、真面目な性格が額面通りに受け取ることを拒否したらしい。

千鶴ちゃんは持っていた徳利を弄った。


「お酒が好きな人の前では言いづらいんですけど、……苦手なんです」

「苦手…。美味しくないってこと?」

「不味くはないんです。ただ…飲んだ後にお酒の香りが残るのが、ちょっと苦手で…」


言葉を濁した内容は、なんとなく理解できるものだった。


「ああ。まあ、慣れないとそう感じるかもね」

「…やっぱり慣れ、なんですかね」

「一概には言えないけど、そうなんじゃないかな。でも、飲んだことはあるんだ」

「はい。といってもお屠蘇くらいですけど」


…お屠蘇って。


頷く千鶴ちゃんには悪いけど、僕が今飲んでいるものと違いすぎるんだけど。

なるべく顔に出さないよう、そう、とだけ返事をして杯を差し出せば、千鶴ちゃんはしぶしぶお酒を注いでくれる。

それを一気に飲み干しながら、どうしたものかと考えた。

別に飲めなくても不便はないだろう。

でも、ちょっとだけ浮かんだ願望が、その時は勝っていた。


「…ちょっと待ってて」

「沖田さん?」


不思議そうに見上げる千鶴ちゃんに声をかけてから、隅に待機していた芸姑を呼んで話を通す。
するとすぐに理解したその人は、普通の男だったら見とれるような笑みと優雅なお辞儀を残して、静かに部屋を出ていった。

そして僕に向けられる視線に、今はまだ内緒、ととりあえず残ってる料理を食べるよう勧める。

訳がわからない、といった分かりやすい顔をしながらも、口に入れるたびに幸せそうに微笑むその表情を、僕は盗み見ていた。





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