想いの行方(仮)

□飲まれたのは酒か、それとも…
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やがて僕の元に、二つの徳利と、同じ数だけの杯が乗った盆が届けられる。
持ってきてくれた芸姑には悪いけど、白粉の匂いがきつくて、正直、不快以外のなにものでもない。

でもとりあえず気を取り直して一杯、手酌で飲んでみる。


(…うん。これなら大丈夫かな)


さすが、と言うべきか。僕が望んだものに近い味に、一つ頷いた。


「千鶴ちゃん。はい」

「え?」


まだ料理を食べていた千鶴ちゃんに差し出したのは、今届いたばかりの徳利。

僕の顔と手とを交互に見比べる、その仕草が面白いって言ったら怒るかな。

しばらく続きそうな動きに、徳利を傾ける振りをすると、ちょっと困った顔を浮かべた。


「あの、お酒は…私は結構ですから」

「いいから。騙されたと思って飲んでみなよ」

「……騙されてからでは遅いんじゃ…?」


きっとこういう時に、普段の行いがものを言うんだろうな。
なかなか信じてもらえないのは、僕がどう思われているのかを表しているみたいだ。

地味に落ち込みかけるのを無視して、無理矢理奪った箸の代わりに杯を手に落とす。
そして少な目に注いだお酒から、甘い香りが漂ってくる。

千鶴ちゃんもその香りに気づいたのか、杯を鼻に近づけた。


「これってお酒ですよね?…いい香り」

「うん。一応お酒だから、少しずつ飲んでみて」

「はい」


今度は素直に頷いて、ちょっとだけ口をつけた。


「…あ。美味しい、かも。癖もないし、お酒の匂いがあまりしないです」

「でしょう。果実酒っていうの?甘くて飲みやすいから、千鶴ちゃんも飲めると思ったんだ」


高いお酒は癖が強すぎるか、反対に癖が無く飲みやすいものが多い。
だからその中でも甘くて強すぎないものを頼んだんだけど、正解だったみたいでほっとした。


「でも千鶴ちゃんは、あんまり飲んじゃ駄目だよ」

「どうしてですか?」

「飲み慣れない人は酔いやすいから。だから控えめにしないと、せっかくのお酒を楽しめないよ」

「…だったら、どうしてこんなに頼んだんですか?」

「僕の口直し。同じものばかりじゃ、さすがに飽きるからね」


むっとする千鶴ちゃんにそう言って傾けたお酒は、普段自分からは飲まないような、甘い甘い、子供が喜びそうな味。
でもれっきとしたお酒だ。

千鶴ちゃんと一緒に飲んでみたい、と思いついて用意してもらったもの。

つい頬が緩んでしまうのは、お茶や甘味を一緒に食べるのとは、ちょっと違ってくるから。

だから味なんて、僕には関係ないんだ。
美味しければ、それに越したことはないけど。

僕の言い分に、小さく眉を寄せながら、それでも杯に残ったお酒を一息に飲み干す。
満足げに息を吐いた後、千鶴ちゃんはどこか気の抜けた顔をしていた。

そしてそのままぼんやりとどこかを見つめ、身動き一つしない。


「千鶴ちゃん?」


不振に思って声をかけてみると、緩慢な動きで振り返る。
その顔が徐々にだけど、すぐに赤くなっていく。

でも俯いて顔を隠されて、そばにあった徳利を掴んだと思ったら、お酒を注いでくれて。
そのお礼に、少な目だったけど彼女にも同じことをしてあげると、一気にそれを飲み下した。


「すごい……胸がどきどきする」

「千鶴ちゃん?大丈夫?」

「だい…大丈…ぶ、です」


千鶴ちゃんは笑っていた。
いつものように、にこっ、ではなく、へらっ、と。

その顔を見た瞬間、すぐわかった。


(…あ、酔ったな)


と。

正直、すごく困った。顔は真っ赤だし、なんだかふらふらしているし。
だというのに、本人はまだ飲みたがって自分で注ごうとしているし。


「どこをどう見ても大丈夫じゃないから。もう飲んだら駄目だって」


…徳利と杯を取り上げた僕を、静かに睨んでくるし。

お酒を飲めば、普段は見ることができない一面を見ることができるかも、なんて考えていたけど、こんなことは予想外だった。

いや、予想することはできたんだ。
だってお酒に弱い人が身近にいるんだから。

でも、そんなことをすっかり忘れるくらいだから、やっぱり僕は浮かれていたんだ。

不機嫌顔が一変、真っ赤な顔でへらへら笑いだした千鶴ちゃんが心配になって、その額に手を当てる。
そこはやっぱり熱があるみたいに熱い。


「ちょっと、本当に大丈夫?」


大丈夫かとしか聞けなくて、どうしたものかと離した手。
そこに小さな手が重なって、頬摺りするように顔を寄せてくる。


「…きもちいい」


千鶴ちゃんは僕の手のひらの冷たさが気に入ったらしく、ほっとため息をついては、何度も何度も繰り返した。

普段の彼女だったら絶対にしない仕草にぐらっときたけど、相手は酔っぱらいだ。
わかっていても揺らぎまくる理性が悲しい。

ほんのり赤くなった細い首筋が美味しそうだな、とか思っても、実際に行動に移したら、それこそ最低だ。


「…気持ちいいのはわかったから。とりあえず離して」

「いや〜」


せめて手が届かない距離をとろうにも、手を離す気配が無いから移動もできない。
無理に引き剥がそうとすると、そのたびむっと睨んでくる。

膨らませた頬とか、若干潤んで見える目とか…もう勘弁してください。

なのに、必死にこらえる僕を翻弄していたさっきまでの執着はどこへやら。


「…ぬるい」


と言って、あっさりと、ぺいっと僕の手を投げ捨てられた。
その後の視線の先に、嫌な予感しかしない。






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