想いの行方(仮)
□できることと、できないこと
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寒い冬に身体を動かすことはきらいだ。
指先はかじかむし、なによりうまく身体が動かない。
でも、だからって稽古を休む理由にはならない。
冬だからといって諍いがなくなるわけじゃないし、なにもしなければ身体も腕も鈍るため、一日だって欠かすことはできない。
冬は一年でもっとも時間をかけ、注意を払って稽古をしなければならない時期。
稽古をするときは入念に身体をほぐしてかではないと、怪我につながって、新選組の仕事どころじゃなくなる。
だから時間の合間をぬって身体を動かすようにしている。
刀を握っているときは、どんなときでも何も考えずにいられる。
それが稽古であっても、物取りであっても討ち入りであっても。
その時々の状況は考えていても、余計なことは考えずにいられたんだ。
だからこうして、稽古をしているのに。
今の僕は、ちらちらと寄せられる視線を感じて、なかなか集中できないでいる。
こんな時の稽古は身にならない。
神経を研ぎ澄ませ、実践同様の緊張感を持って、ようやく身のためになる稽古になる。
そう、分かっている。
刀が空を斬る音が、鈍い。
何度試してみても、それは変わらない。
刀に原因があるわけじゃない。
体調だって悪くない。
なのにどうしてか。
理由は簡単だ。
僕が集中していないから。
庭の隅にある井戸で洗濯中の千鶴ちゃんが、時々こっちを見ている視線を感じるからだ。
その視線の意味が好意だとか、そんな甘い意味のものじゃないとわかっているのに。
どうしても気になってしまう僕は、もう末期なのかもしれない。
何度刀を振るってみてもどうしても納得がいかず、だからといってこのまま続けていても、下手をしたら怪我をしてしまうかもしれない。
それだけは避けなければならない。
僕はおとなしく刀を鞘に納めた。
どんなに意味のない稽古でも、身体を動かせば暑くなってくる。
滴るまではいかなくても、首筋をぬらす程度には流れる汗が冬の風にさらされて、今だけは心地よかった。
「あ〜、疲れた…」
縁側に座って溜めていた息を吐き出し、思いっ切り吸い込む。
冷たく乾いた空気は、冬独特のにおいを運んでくる。
そろそろ雪が降るころかな、と空を見上げた。
雲を一面に散らした空は、太陽の光を届けてはくれない。
ということは、それなりに寒いということ。
なのに洗濯はしなければならない。
手を真っ赤にしながら皆の分まで洗ってくれている千鶴ちゃんは、不平不満の一つも言わない。
誰かに頼まれても、にこにこ笑ってそれを受け取る。
まあ、そこに僕のものも含まれているんだから、誰にも文句は言えないんだけど。
もちろん手伝うって選択肢もある。
けれど…。
(どうせ断られるだろうし…)
ちょっと意地悪しすぎたせいか、最近の千鶴ちゃんは警戒心まる出しの猫みたいになっていた。
話しかければちゃんと返事を返してくれて、頼みごとをしても断ったりもしない。
でも僕に隙を見せないよう、いつも気を張っているんだ。
ちょっとやりすぎちゃったかなと、思わないでもないけど、全部本当のことだし。嘘はつけない。
そう千鶴ちゃんが言ったんだから。
。