想いの行方(仮)

□できることと、できないこと
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それでも笑ってやったよね。千鶴ちゃんが身を堅くするような顔でさ。


「千鶴ちゃんはもう、今日は自室待機ね。皆にも、そう伝えておくから」

「えっ!?待ってください!まだ…っ!」

「掃除も洗濯も、全部終わったんでしょ?だったら別にいいじゃない」

「で、でもっ、夕食の準備とか、洗濯物を取り込んだりとか。まだやりたいことが…」

「そんなの、平隊士にでもやらせるよ。本来はそうだったんだし、君は部屋でゆっくり休んでいなよ」

「でも…でも……」


なおも食い下がろうとしているところを見ていると、ちょっと胸が痛む。
少し言いすぎちゃったかな、と思わないでもないけど、ここで謝ったり取り消したりしたら、なんだか悔しいじゃない。

馬鹿にされたとか、そういう目で見られていることがじゃなくて。

僕の全てが、彼女を中心に振り回されていることが。

いくら好きだっていっても、なんでもかんでも譲れるほど、中身がない人間じゃないんだよね。

ここは心を鬼にしてでも、一貫した態度をとるところだ……と思う。


(…鬼)


その単語でなんとなく浮かんだのは、某副長さんの顔。
優しくて、強くて…あとなんだったっけ?

障子越しに聞いた、勇坊との会話は未だに納得いかず、僕の中でくすぶっていた。

あんな人のどこが、と何度も考えた。

強いのは、新選組の副長なんだから当たり前だ。
上に立つ者が弱かったら下に舐められて、組の統率がとれなくなる。

だから、当たり前なんだ。

でも、さっぱりわからないのは、『優しい』ってところ。

どこをどう見たらそんな勘違いができるんだろう。
誰よりも冷静で、冷徹で、でも誰よりも熱いものを持っている。
それ故に鬼という二つ名を冠しているというのに。

もしかしたら彼女と二人きりの時は、別の顔を見せたりするんだろうか。例えば……


(……微笑ったり、とか…?)


…………


「…………気持ち悪っ!」

「え?」


自分でした、あり得ない想像に全身が総毛立って、外部要因からではない寒さに身を震わせた。

寒い…。

違う意味で寒すぎる。

もし、万が一、そんな顔を見せられたら…。


「…無理。絶対、無理!」


難しいことばかり考えているせいで、いつも眉間に皺を寄せていて、話しかけても優しい言葉一つ返さない。

…いや、僕に優しくしてほしいわけじゃないけど。

そんな人の微笑った顔とか見てしまったら、その日が世界の終焉になるに違いない…僕の。


(そんなの、絶対に嫌だし、絶対に無理!)


僕には、やりたいことがまだあるし、やらなきゃいけないことがあるんだから。


「沖田さん?」

「え?」

「どうかなさったんですか?」

「え?あ…、ううん。なんでもない」


千鶴ちゃんそっちのけで変なことを考えていた僕を見上げる彼女は、不思議そうに小首を傾げている。

まだ鳥肌はおさまっていないけど、無理矢理笑みを作った。でも視線がつい泳いでしまう。

気持ち悪い想像のせいじゃなくて、反則的な仕草に、だ。

僕は咳払いを一つして、さっきの気持ち悪い想像と色情に満ちた下心を打ち消した。


「さて。じゃあ、部屋に戻るよ」

「…本当に、駄目、なんですか?」


肩を落として、小さな身体をいっそう小さくして。
俯きがちに眉を下げられると、完全に僕が悪者になったみたいに感じる。

さっき固めた決意が、あっさりと揺らぐ。


「駄目とか、そういうんじゃなくて…」


これが他の誰かだったら、こんなに悩まなくてすむのに。

というか、どうして今日に限って、千鶴ちゃんはここまで食い下がるんだろう。
あまり人目につかないよう過ごすように言われているはずなのに。


「まだ部屋に戻りたくない理由が、何かあるの?」

「は……いえ、すみません…。部屋に戻ります」


言いかけた言葉は、きっと『はい』。

なのに、千鶴ちゃんはそう言って頭を下げた。

明らかに肯定しかけた言葉を飲み込んで、何か言いたげなのに何も言わないのは、僕のせいだろう。

そんなに威圧的だった?それとも、話が通じない奴だとでも思われた?

それはちょっと…いや、かなりまずい。


「何か言いたいことがあるなら、最後まで言いなよ。気になるし、気持ち悪い」

「すみません…」


完全に俯いてしまった千鶴ちゃんの旋毛を見て、ちょっと言い過ぎたと思ったけど今更もう遅い。
口に出してしまった言葉は取り消せないし、なくならない。

昔から近藤さんに注意されてきたんだから、直しておけばよかった…。

そう思っても、それこそ今更。






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