想いの行方(仮)
□月下氷人
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「よし、今日はそこまでだ、千鶴」
「はい…っ、ありがとう、ございましたっ」
かけられた制止の声に、私は手を止めた。
乱れた呼吸で、それでも頭を下げると、お疲れさま、とねぎらいの言葉を言いながら、ぽんと頭に手を乗せる原田さん。
「もう少し付き合ってやりてえが、この後用事があってな。悪いな」
「いいえ。お忙しいのに、私の我が儘に付き合っていただいたりして、すみませんでした」
原田さんが悪いことなんて一つもないのに、彼は申し訳なさそうにそう言ってくださる。
だから私は首を横に振った。
なのに額を指先で弾かれて。
「こういうときは『すみません』じゃなく、『ありがとう』だな。その方が俺も嬉しいし、やりがいがあるってもんだ」
「そ、そうですか?あ…ありがとう、ございました…」
「そうそう。ついでに笑ったところを見せてもらえれば、言うことなしだな」
「えっと…」
笑えと言われても、急には無理。
それに、我が儘を言っている自覚があるから、やっぱり『すみません』だ。
額を押さえながら戸惑う私を見て、少し困ったような表情を浮かべた原田さんは、そういえば、と話を続けた。
「誰にするのか、もう決めたのか?」
「いいえ。皆さんお忙しいことを知っていますし、なかなか…。時々でも、こうして見ていただくだけでも申し訳ないのに…」
「そりゃ、俺たちも暇ってわけじゃねえけどよ。でもいつも忙しいってわけでもないしな。それに、お前からの頼みだったら、誰も断ったりしねえよ」
「…はい」
そう。
ここにいる皆さんは優しい人たちばかりだから、私の話を聞いても馬鹿にしたり、無碍にしたりする人はいなかった。
今のところ、教わることができたのは四人。
平助君とは途中からちゃんばらみたいになったけど、楽しかった。
斉藤さんからはなぜか刀の手入れの仕方を教わって、自分でする以上に綺麗になった刀に感動すら覚えた。
永倉さんは少し怖かったけど、でも彼の本気が伝わってきて最後まで頑張ることができた。
そして、今日の原田さん。
皆の話を総合すると、多分原田さんが指南役に一番向いているんだと思う。
でも、私のために貴重な時間を割かせてしまうのは、やっぱり申し訳ない。
一度や二度じゃなく、できれば継続していきたいと思うから、余計に。
たくさんの人と手合わせをすることは大切だけど、今の私は色々な人に教わる段階には早いらしい。
それは情報過多による混乱を避けるため、一人の師について学んだ方がいい、と。
もちろん我流が悪いわけではないし、実戦ではそちらの方が敵に動きを読まれないため、いいみたい。
でも私は身体を鍛えたいのだから、その方針に合った教え方をしてくれる人を探せ、とのことだった。
(沖田さんには『無理』と言われたし、土方さんはただでさえ忙しいから、なおさら無理…と)
だから多分、今まで教わった人の中から選ぶと思うんだけど…。
「なんだか納得いかない、って顔をしているな」
「え?」
「嫌々ってほどでもないが、気が乗らない。そんな感じか?」
「そんなことは……ない、です…、けど…」
鋭い一言だ。
しかも的を射ている。
嫌々じゃないけど、気が乗らない。
確かに、今の私の心の中を表すとしたら、こんな言葉になるんだろう。
本当は、教わってみたいと思う人が、他にいた。
自分で稽古を初めてから、色々な方の稽古を盗み見るようになった。
皆さん、十人十色のやり方で、それぞれに合った稽古なんだろうと思った。
「ま、急いでもしょうがねえか。身体を鍛えるだけなら、しばらくは今のままでもいいのかもな」
「…はい」
私はそれ以上、何も言えなかった。
用事があるからと、この場を去った背中を見送り、縁側に腰を下ろす。
稽古で暖まった身体が、冬の空気にさらされて冷え始めるまで、そう時間はかからない。
風邪をひかないよう、早く部屋に戻って汗を拭うべき。
原田さんは今のままでいいと言ってくれたけど、これからどうするかを考えるべき。
そもそも、こんなことをしていていいのか。
早く部屋に戻らなくてはいけないのではないか。
分かっているのに、しなければならないこと、考えることが私を動けなくさせた。
。