想いの行方(仮)
□月下氷人
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本当は、こんなに考えなくてもよかったはずだった。
色々な人の稽古を見て、その中で目を奪われた人がいた。
性格とは正反対な、真っ直ぐな太刀筋、納得できないときは納得できるまで繰り返すひたむきさ、真剣な眼差し、集中力。
全てが他の人と違って見えた。
できればその人に、と思って勇気をだしてお願いしたのに、結果は駄目で。
雑用が終わってしまったら、私が外を出歩く理由がなくなる。
でもその日は、そんな理由がなくても何かをする元気も気力もなくて。
沖田さんに言われずとも、ただただ部屋にいて、沈んでいた。
ただ稽古を断られただけだというのに、どうしてそんなに気分が落ち込んだのか、分からなかった。
でもきっと、沖田さんになら断られるはずがない、と心のどこかで考えてしまっていたのかもしれない。
それに気づいてしまってからは、もっと落ち込んだ。
平助君がちゃんばらみたいなことを始めたのはきっと、そんな私を見かねてだったんだと思う。
その人の下についたからといって、同じように強くなれるとも、同じように刀を扱えるようになれるとも思っていない。
けれど、理想を見つけてしまえば、その人に教わりたいと、同じことをしたいと思うのは止められなくて。
余計なことを考えないようにと、稽古に集中しようとしても、どうしても浮かぶのはその姿。
それを忘れたくて必死に身体を動かしても、全然駄目。
そんな考えをもったままで誰かを選んでも、それこそ申し訳ないだけだと気づいたから、何も決めることができなかった。
こんなことならあの時、もう少し食い下がっていればよかったのかもしれない。
『怪我をするから』というのが理由なのだとしたら、私は気にしないことをもっと強く伝えるべきだった。
どうせ私は少しくらい怪我をしても平気なのだから、一向にかまわないんだし。
痛いのはちょっと嫌だけれど、沖田さんに話したように、少しくらいならしょうがないだろう、とも思う。
でも…。
(……二人きりの空気に耐えられる?)
最近の自分の態度を考えれば、それは少々難しい気がする。
沖田さんはいつも通りなのに、あの日からの私はそれが難しい。
少し慣れたはずの距離が、また少し広がった気がする。
それは怖いという訳ではなく、単に恥ずかしかったから。
私が勝手に逃げているだけ。
一番気にしている身体的特徴を、近すぎるくらい遠回しに言われたら、たとえ誰に普段どおりに振る舞えと言われても無理だ。
見下ろした胸元は、悲しいくらいに目立つものがない。
自分の身体だし、それは嫌っていうほど知っている。
(でもだからって、あの言い方はひどいと思う!)
さらしが必要なくらいな人がいいなら、そういう人を探せばいいのに。
剣術とかと違って、私の力や努力ではどうにもならないのに。
私は白く煙る息を思いっきり吐き出した。
彼は軽い気持ちで、言ったんだろう。
もしかしたら冗談だったのかもしれない。
でも私は、そんなに軽く受け取ることはできない。
どう反応するべきだったのか、どう受け止めればよかったのか、もしかしたらもっと軽く受け流せばよかったのか。
何もかもが初めてな私には、全く分からない。
履いていた草履を、勢いをつけて蹴りあげてみる。
「……晴れ、か…」
明日の監視役は誰なのか…。
少しの期待と変な緊張と、そして天気とは別の、ちょっとした願いを込めて空を見上げた。
秋頃より変化が少なくなった空は、半分以上が雲に覆われている。
晴れるのなら、洗濯物を先に済ませてしまおう。
そして一通りの雑用が終わったらまた、稽古をつけてもらえるかもしれない。
「…別に、お礼が欲しくてしているわけじゃないのに」
何も持っていない私に居場所をくれて、食事もさせてくれる。
毎日一生懸命頑張っている皆さんの助けに、少しでもなれたのなら。
それだけで、十分なのに。
でも、ちょっとだけ…
ううん。
…本当はすごく、嬉しかった。
なんて、悔しいから教えてなんてあげないけど。
。