想いの行方(仮)

□気まぐれ
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あれ以来、おかしなことを言われることはなく、表面上はいつもと同じような日々が短いながらも流れ、過ぎた。

でも、口頭だけだとしても沖田さんが稽古をつけてくれて、私はそれを素直な気持ちで聞くことができる。

この変化は、私にとって大きな進歩だと思う。

ちょっと前までは逃げ回っていて、会話もろくにできなかったことを思い出すと、自分のことなのにまるで別人のようだ。

それからあった、色々な出来事があったな、とその『色々』なことが一気に脳裏を駆け巡り、動揺が伝わった竹刀の先がぶれる。

視界の端で、沖田さんが眉根を寄せたのに気が付いて、今度は慎重に剣先を運ぶ。
それを見て少し和らいだ表情に、何も悟られていないことを知り、ほっとした。


…今が稽古中でよかった。


熱いくらいの頬の変化も、身体を動かしているから、と言い訳ができるから。

あまり変なことを思い出さないよう、集中しようとしても、一度切れてしまった緊張の糸は元にはもどらない。

このままでは、いつか気付かれてしまうんじゃ、と心配になればなるほど振り下ろす剣先は鈍っていく。

まだまだ未熟な私でもわかるくらいなんだから、沖田さんはとっくに気付いているだろう。

もっと続けていたかったけれど、諦めて竹刀を下ろした。


「もう終わり?」

「はい。…ちょっと、疲れてしまったようです」

「ふうん。女の子だし、こんなものなのかな」


まだまだ足りない、と言わんばかりの口調に、ちょっとだけ後ろめたい気持ちになりながら、たすき掛けを取る。

それが完全に終了の合図となって、沖田さんはずっと組んでいた腕を解いた。

そんな彼に、少し浮かんだ疑問をしてみる。


「隊士だとしたら、どのくらい稽古をするんですか?」


そう聞いた私をちらっと見た沖田さんは、隊士だったら、と前置きをしてあっさりと答えた。


「立てなくなるまで」

「……え?」


聞き間違いかと思った。

沖田さんの教え方が荒っぽいというのは本人を含め、実は他の人からも聞いていたこと。
けれど、そこまでだとは誰も教えてくれなかった。

だからとても驚いた私を見て、彼はあからさまに不機嫌になった。


「そんなに驚くほどのこと?僕らはいつでも斬るか斬られるかの世界にいるんだ。そんな組織にいながら、『できません』、『もう無理です』なんて科白を言う奴の気が知れない」


稽古をして死ぬわけじゃないんだし、と言い切った沖田さんが、いつもどんな稽古を隊士につけているのか、私には想像もできない。

沖田さんが言ったことが本当なら、今日の私への指導はかなり…いや、天地がひっくり返るくらい、やさしいものだったのかもしれない。

指導役には向いていない、と言っていたその片鱗が少し、見えた気がする。

でも同時に、こうも思う。

それだけ、沖田さんは本気なんだ、と。

新選組のためなのか、近藤さんのためなのか。
それともその両方か。

似ているけれど、全く違う意味をなすもののため、いつも頑張っているんだ。文字通り、命を懸けて。


(すごいな…)


その覚悟を、こんなに短い言葉で表すなんて失礼かもしれないけれど、何もできない私はそれしか浮かばない。

もしかしたら他の方たち…特に土方さんあたりは、沖田さんのやりかたにいい顔をしないのかもしれない。

でも、彼の覚悟を聞いてしまった後では、非難をすることなんてできない。


「えっと…、大怪我をしないよう、ほどほどにしてあげてください…ね……」

「それくらいは心得てるよ。いざって時に使えなかったら、それこそ意味がないし」


私なんかが言うまでもなかった。

沖田さんはちゃんと考えて、手加減はしているんだろう…彼の許容範囲の中で。

それが他の人と違うのかも、と思うことで一応、この話の納得をみせた。





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