想いの行方(仮)
□兆し
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針仕事は、夜にするものではない。
手元の明かりが少なく、しかも針を紛失しても見つけにくく、とても危険だから。
でも、それでもしなければいけない時もあるもので。
「いたっ」
指先に鋭い痛みを感じ、反射的にその手を引いた。
頼りない灯りを照らしてみれば、そこには小さな赤い点が一つ、見える。
浮かんだ血を軽く吸い、もう一度見た指先には、もう何もない。
こんな体質の人間を、自分以外今まで見たことがない。
よほどの怪我でもない限り、わずかな間で治ってしまうこの体質は特異なものだ。
だから知られてはならない、とずっと言われてきた。
今まで出会った人は勿論、この新選組の屯所で暮らす人たちにも、誰にも知られていない。
この体質で得をしたことなんて、料理中に指を切ってもすぐに続きができる、とか、転んで膝を擦りむいてもすぐ治るとか。
それこそ、こうやって急ぎの針仕事中に指に針を刺しても着物に血が付かなくて助かる、くらいだろう。
(…なんだろう……)
その全て、自分の失態が前提だからか、なんだか少し悲しい。
父様には、誰にも話さないように、と言いつかってきたこの体質。
これから先、誰にも話すつもりはなかったけれど、信頼のおける相手にならば、自分の利になるのであれば、打ち明けてもいいのかもしれない…。
そう思いはじめている。
どうしても諦めきれない、願いのために…。
「…あ。いけない、早く終わらせなくちゃ」
お留守になっていた手元に気付いて、針を動かし始める。
急いで、でも丁寧に。
畳んであった隊服のほつれに気付いたのが、ついさっき。
外出をしてから、もういい時間が過ぎた。
いつ帰ってきてもおかしくない時間だ。
別にこのお礼に対価を求めるつもりはない。
私ができる、数少ない仕事だから。
それだけだ。
「あと、もうちょっと…。頑張らなきゃ」
薄暗い中、それでも目を凝らして針を無心で動かす。
しかしあと少し、というところで、玄関がある方角から賑やかな声が聞こえてきた。
「あ……帰ってきちゃった」
まだ繕いものは終わっていない。
どうしようか迷った私は、とりあえず他の方の着物を届けよう、と終わらなかったそれを文机に置いて腰を上げた。
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