想いの行方(仮)
□亀裂
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でも、今までさんざん振り回されたせいで、『大人しくて、色々察することができる子供』を演じることなんてできそうにない。
けれども、ぐっと堪えた。
ここで何かを言ってしまったら、本当に子供のように思えたから。
「もう遅い時間だし、千鶴ちゃんも早く休んだ方がいいんじゃない?」
普段だったらなんとも思わない言葉のはずなのに。
(…それは、私に、ここにいられるのが迷惑、ということ?)
なぜか今は、強く不快に感じた。
だから、我慢できなかった。
「…今日は、随分と楽しんでいたみたいですね」
「え?いや、別に…」
「隠さなくてもいいじゃないですか。綺麗な舞妓さんにお酌をしてもらって、大好きなお酒が、もっと美味しかったんじゃないですか?」
誤魔化すための言葉なんて、聞きたくなかった。
言い訳も肯定も他の言葉も、全て。
「舞妓さんなら男に見間違われることもないし、いいですよね」
「千鶴ちゃん?なに言って…」
「綺麗だし、優しいし」
優しいのは職業上だとしでも、少なくとも不快にさせることは言わないだろう。
今の私みたいに、困らせると分かりきっていることを、わざわざ言ったりしない。
「女の人が苦手って仰ってましたけど、本当はまんざらでもないんじゃないですか?」
沖田さんも男の人だ。
女が苦手、なんて、普通はあり得ないこと。
そんなことに、今まで気づかなかった私の方こそ、普通じゃない。
…そう。
私は『普通』じゃないんだし、我慢する必要なんて、どこにもない。そう思ったら、本当に止めることができなかった。
「沖田さんなら、ちょっと優しくしてあげれば女の人は見た目に騙されそうだし。相手に事欠かないですよね」
言い過ぎたかもしれない、と頭の片隅にちょっとだけ浮かんだ。
けれど、もう口に出してしまったし、どうせ本当のことだろうから。
謝ろうなんて、少しも思わない。
疑っていたはずだったのに。何度も言われているうちに、いつの間にか信じていた自分が恥ずかしい…情けない。
何か言われるたび、されるたびに焦って逃げる私を、彼は何を思って見ていたんだろう。
考えると、悔しくて苦しくて、悲しかった。
でも、ここで謝ったり逃げたりして、泣いてしまったりしたら彼の思う壺な気がして、戸惑いを露わにしている沖田さんから決して視線を外さなかった。
ずっと何も言わなかった沖田さんは眉を顰めた。
「今の君は、少しおかしいんじゃない?何が言いたいのか分からないけど、そこまで言われる筋合いないよ」
もう休むから、とだけ告げた沖田さんは、自室がある方へとさっさと行ってしまったようだった。
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