想いの行方(仮)

□夢とうつつと
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閉じていた目を開くと、そこには見慣れた景色が広がっていた。

薄暗いなか、板張りの天井の模様をはっきりとらえることができる。

伸ばした額には、ぬるい手拭いがあった。

それを退かせて直接触れる。

どうやら熱は下がったらしい。

ゆっくり起き上がり、他に異常がないかを確かめる。

身体のだるさがなくなっているし、体調に異常は全く見当たらなかった。

熱も下がったし、全快といったところだろう。

けれど唯一、いつもと違って感じる場所。

指先で触れたのは、夢の中で沖田さんを感じた場所だった。


(夢…だったのに)


夢の中では平静でいられたのに、思い出しただけでどきどきする。

せっかく下がった熱がぶり返したみたいに、頬が熱くなってくる。

本当にしたわけでもないのに、息づかいどころか、その感触すらはっきり思い出せた。

それはあの時にしか、経験がないはずなのに。


「…いけない。朝御飯…お手伝いしなきゃ」


誰に悟られるわけでもないのに、脳裏に浮かんだ出来事を誤魔化して、私は起きる準備をした。






勝手場にいたのは、なんとなく珍しい組み合わせの二人だった。


「おはようございます、斎藤さん、山崎さん」

「雪村か。おはよう、もう熱は下がったのか?」

「はい。もう、すっかり。ご迷惑をおかけしました。山崎さんも。薬をくださって、ありがとうございました」

「いや、礼を言われるほどのことじゃない。それより、無理はしていないか?病は治りかけが肝心だ」

「本当に大丈夫です。他に症状はありませんでしたから、熱が下がれば問題ありません」


確かに身体のだるさはあったけれど、熱からくるもの。
だから熱が下がれば、それもなくなる。

表情の変化が少ないお二人なのに、心配してくださっているのはすぐにわかる。


「お手伝いします。何でもおっしゃってください」


手伝いを申し出た私が襷掛けをするのを見て、さりげなく視線を交わしあった二人は、もう何もなかったように作業にうつった。

これ以上心配されても心苦しいだけだったから、この気遣いはとてもありがたかった。

狭い空間に三人も居るというのに、話で盛り上がることもなく、最低限のやり取りだけで時間が過ぎた。

おかげで、いつもより少し早めに準備は完了。

あとは温かいものを盛り付けて運ぶだけ。

手伝うことを許しても、運ぶことを許可してくれなかったお二人のおかげで、私は手持ちぶさたで広間へと向かっていた。

その時だった。


「…ぁ」


目にした姿に、鼓動が跳ねた。

あんな夢を見てしまってから、そんなに時間が経ったわけでもない今、どんな顔をしたらいいのか。

しかも、もう一つの夢のこともある。

熱のせいだと言い訳しても、なんの意味もない。

そもそも、私が見た夢と現実は、なんの関係もない。

沖田さんが知らないことなのに、謝ったりしても、彼は困るだけ。

私はなるべく普段と同じを装った。


「おはようございます、沖田さん」


そう声をかけた私に、翡翠の瞳が向けられた。

なのに―――。


「……え…?」







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