想いの行方(仮)
□声にできない音
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白く煙った息を吐いて、目を閉じる。
胸が苦しいのは、寒さを少しでも和らげるため、膝をきつく引き寄せているから。
私が今、彼を待っているのは、酷いことを言ってしまったことを謝るためだけ。
それだけだ。
だから、早く帰ってきてほしいだけ。
寒いし、明日のために早く眠りたいから。
それだけ。
こんなものいらない、と捨てられたら楽なのに。
でも自分のことなのに、それはできない。
だったら別の解決方法を、と願ってみても、それはもっと無理。
不可能。
叶えるために頑張るという選択肢もあるけれど、その道のりにある障害が大きすぎて、乗り越える自信がない。
結局、考えるだけ無駄。
だったら、仲直りだけして以前のように戻ることができるのなら、それだけでいい。
高望みはしない。
私は、何も持っていないから。
だから…。
「……早く…」
それだけでいいから。
「千鶴?」
「っ!」
聞こえてきた声に、私は勢いよく顔を上げた。
そこにいたのは…。
「原…田さん」
そこにいたのは、沖田さんじゃなかった。
ここにいれば沖田さんに会えるだろう、とだけ考えていたけれど、一緒に出掛けていた原田さんに会うのも当たり前だ。
ただ、最初に声をかけてきたのは原田さん。
そこに胸が痛むなんて。
「どうした、こんなところで」
「いえ……あの…」
言葉を続ける前に、さりげなく周囲に目を配る。
いつもだったら、こんな時間にいるはずのない私をからかうように咎める声があるはずなのに。
でも何もなかった理由は、すぐにわかった。
「沖田さん!?」
暗闇と同化していて気付かなかった。
沖田さんは、原田さんに肩で支えられるようにして、力無く俯いていた。
「どうかなさったんですか?」
もしかしたら、なにか騒動に捲き込まれて怪我でもしたのか。
それとも、と考えたところで今朝の、あのやりとりを思い出す。
あれは本当に、気分が優れなかったから?
もしかしたら、私の看病をしたせいでうつってしまったの?
思ってもみなかった事態に取り乱す私とは正反対に、原田さんは落ち着いていた。
「ちょっと落ち着け。ただの酔っぱらいだ」
「…酔っ!?」
「酒を飲みすぎて、勝手に潰れたんだ。まったく、手間かけさせやがって」
「……お…酒?」
そういえば、ほのかに香ってくるこの独特の匂い…。
こんなふうになるまで、どれだけの量を飲んできたんだろう。
心配しながらも、気付いたあることに胸が楽になった。
「……あ。ええと…お手伝いします。部屋、お布団敷かないと」
「俺としては、このまま部屋に転がしておこうと思っていたんだが。悪いな、手間かけさせることになって」
「…え…?いえ……えっと…」
今のは…何かの冗談?
この寒い季節になにもかけないで寝たら、確実に風邪をひいてしまう。
まさか…、と原田さんを見ても面倒そうにしているだけで、真意は掴めない。
(でもそんな無責任なことを、原田さんがするはずない)
優しい人だし、それこそ、沖田さんじゃないんだから。
信じられない思いを抱きつつ、人形のような沖田さんを引きずるように先を歩く背中を、急いで追いかけた。
。