想いの行方(仮)

□涙
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そんな私の声に振り向いてくれた沖田さんは眉を顰め、さっさと前方へと顔ごと視線を向けた。


「…さあ。今のところ、そんな予定はないけど」


『けど』、どうなんだろう。

『今』はそのつもりがなくても、夜になったらその気になるかもしれない。

そうしたらまた、誰かと一緒に過ごすの…?

息がつまるほどに増した感情が、胸を占める。


「千鶴ちゃん?」


私は浅葱の袖に手を伸ばしていた。


「…かないでください」


ようやく絞り出したのは、か細い声。
沖田さんに届いたかはわからないけれど、顔を上げることができなかった。

もしそこに、不快なものを見る瞳があったら…。
そう考えただけで、今朝と同じか、それ以上の恐怖がこみ上げてくる。

口にしないと決めたはずの言葉。

でも、気まぐれだった沖田さんの、私へ向けられているなにもない感情。
その少しでも動かすことができるかもしれない。

そうすることで引き止めることができるなら…。

決して誉められない打算的な考えが脳裏をよぎる。

でも、私にとって特別なことでも、沖田さんにとっては小さな子供と遊ぶのと同じ。

だったら、なにも変わらない。

もしかしたら、この距離にいることも許されなくなるかもしれない。

言うべきか、言わざるべきか。

周りの雑踏が聞こえなくなるほどとてつもない早さで葛藤を繰り返す私の耳は、かつてないほど熱かった。

自分からは伝えたことのない言葉は、たった二文字。

こんなにも短いはずなのに、声にする勇気が出ない。

でもいつまでも立ち止まってもいられない。
一番組の隊士たちの目もある。

私の本来の目的は、父様を探すこと。
お互いの利害の一致があって、私はここにいることができる。

でも、それを完遂できない私に価値はないも同然。

だからせめて、新選組の仕事の邪魔はしないようにしないと…。

そう頭では理解しているはずなのに。


「あ…、あの…」


近付きすぎて落ち着きをなくした鼓動が、すぐそこで聞こえている。

もしかしたら沖田さんにも…。

そう考えるだけで余計に増した心拍数は、呼吸も乱れさせた。

苦しいのはそのせいか。

初めてのことだから、私はわからない。
何をどう伝えたらいいのかも。

さっきまでそこにあったはずのものは、頭のなかから綺麗に抜け落ちていた。

代わりにそこにあるのは形のない、この胸に仕舞いきれないもの。


「千鶴ちゃん?」


名前を呼ばれて、そっと顔を上げる。

それは見慣れているはずなのに、全く違う―――の顔。


(ああ、そうか…)


そのつもりがなくても、何度か聞いた言葉。
それを今度は私が言えばいい。


「…沖田さん」


何の魅力もない子供の私だけど、この想いを伝えるための言葉を飾る必要は、きっとない。


「私、沖田さんが…、…っ」








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