想いの行方(仮)

□笑顔の威力
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洗濯中によく寄せられる視線は、また稽古を見てもらいたいから。

結局、あれから一度も果たしていない約束。

意外なことにそれは、彼女のなかでまだ生きているらしい。

でも千鶴ちゃんから言い出してこないのをいいことに、僕は気付かないふりをしている。

前回は…稽古中なら、余計なことを考えずにすんだ。

でも今、同じことをしろと言われても無理だろう。

まだ冷静になれない。

距離を置こうと決めて、なんとか実行して。
少しでもこの感情が薄まればいいな、と思ったのに。

そうなれば、むやみに追い詰めたり傷つけたりせず、適切な距離で接することができるだろう、と。

でも上手くいかないのは、冬のこの寒さ中でも一生懸命動き回っている姿をよく見かけるから。

屯所で行動することを許されている場所のどこかに、いつも彼女がいる。

もっとも、それは以前からだったけど、最近は輪をかけて元気だ。

だから屯所にいればよく見かけるし、すれ違えば声をかけられる。
そうなれば僕も返事をする。

おかげで、短いながらも会話が成立。


……どうしてこんなことになっているんだろう?


また分からないことが増えた。

というか、千鶴ちゃんは僕と話すのが嫌じゃないんだろうか?

少し前までは、あんなに必死に逃げ回っていたはずなのその距離が、今はなんだか近い気がする。



食べごたえのある団子や饅頭にするか、自分の好物の金平糖にするか。

少し悩んで、金平糖を候補から消した。

またよからぬことを考えて、情けない姿を晒すのだけは勘弁だ。

でも一度思い出してしまえばなかなか消すことができず、その時の感覚が蘇る。


唇に

腕に

手のひらに…


(……〜〜、だから!)


もうこれ以上なにも考えないよう、僕は目に入ってきた団子を買うことに決めた。

無理矢理にでも決めてしまえば、余計なことで悩まなくてすむ。

でも足を踏み入れた店先で、浮かんでくるのは彼女の顔。


(…お土産くらい買っていっても、不自然じゃない…よね?)


別に深い意味がなくても、いつも頑張っているご褒美、みたいな。

それとも、お礼の方が心証がいい?

気付けば、なんのための、誰とのための買い物だったのか、すっかり忘れている僕がいる。

ただの団子に、どうしてこんなに本気になって理由付けをしているんだろう。

ただのお土産。
理由なんてない。
ただの思いつき。

ただの、団子。
それだけ。


…結局、購入したのは三人分。

僕は予定より多くなった理由を何度も繰り返し確認して、屯所へと続く道を歩きはじめた。

買ってしまったからには、少しでも喜んでほしい。

そう考えるのは自然なことだろう。

でも僕は、千鶴ちゃんがどんなものを好むのか、嫌いなのか、苦手なのか。
何も知らない。

期待よりも大きい不安を抱えつつ、歩く先にも同じものを感じながら、きっと大丈夫と自分を鼓舞する。






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