想いの行方(仮)

□その先にいるのは…
2ページ/2ページ





そう。
嬉しい。

嬉しいはずなのに…。

なのに、我慢できない涙が溢れてくるのは、どうしてだろう。

この感情は、自分の中にしまい込むと決めた。

別に、辛くなんてない。

悲しくもない。

私は、文机に置いた腕に突っ伏した。

無視をされたり、邪険にされたりしない。
ましてや、嫌われたりしていないと思うのに。


「……痛いなぁ…」


胸が、絞めつけられるように痛い。

どうしてあんなことをするんだろう。

きっと気まぐれなんだろうけど、そのたび否定して、宥めて、落ち込んで。

舞い上がらないよう、誰にも悟られないよう振る舞うことが、とても疲れる…。

私がこんなことを思ってはいけない。

新選組で異分子の私が、望んでいいことではない。

だから、隠すことを決めたのに。

せめて夢でも見ることができたら、そこでなら伝えることができるのに。

あれ以降、彼の夢は一度も見ていない。

見たい夢に限って見ることができないなんて、不便だと思う。

でも夢の中で伝えても、叶うとは限らないし、叶っても、現実を見て虚しくなるだけかもしれない。

そう考えると、夢の中でも彼の近くをうろうろするだけしかできないんだろう。

本当に、子供な自分が嫌になる。

そして、いつもこんなことばかり考えているなんて。

いつの間にこんなにも変わってしまったんだろう。

以前とは大違いだ。

少し頭を冷やしたくて、部屋の外に出る。

こんな時間に出歩いていることがばれたら、怒られるかもしれない。
それどころか、今度こそ幽閉されてしまうかもしれない。

そう思っても、部屋に戻ることはできなかった。

見上げた月は滲んでいて、その形ははっきりとわからない。

確か、満月に近かった気がする。

吐いた息は白く、夜ということもあってかなり冷える。


「……さむ…」


寒いけれど、もう慣れた。

私は縁側に腰をおろした。

見上げた月は相変わらず、その形がはっきりしない。

これ以上泣いたら、目蓋が腫れてしまう。
だから涙を止めたいのに…。

閉じた暗闇の先には、一人しか浮かばない。



あの時は、一緒にお茶をしていた。

私が洗濯なんかをしている時は、いつも座って見ていた。

稽古を見てもらった時も、そう。



すぐそばの柱に身体を預けて耳を澄ますと、ざわめきが耳に入ってきた。

そういえば、そろそろ夜の巡察の時間だ。

今日は…と、担当の組長が誰なのかを思い出して、また涙が流れた。

大丈夫。

今日も無事に帰ってくる。

さすがに夜は出迎えができないため、無事な姿をすぐ確認できないのは残念だ。

でも明日の朝には、また会える。
心配いらない。

代わりに『いってらっしゃい』くらいなら伝えてもいいだろうか。

けれどそんなことをしたら、そこから動けなくなってしまいそう。


「そうなったら、本当に斬られちゃうかも…」


行動にうつさないまでも、言葉にして脅すくらいはしそう。

それはとても彼らしくて、少し笑みが浮かんだ。


(沖田さんが、無事に帰ってきますように…)


まだ続いているざわめきを聞きながら、今度は涙はなかった。

ただ刻む鼓動は暖かく、さっき感じた寒さは少しもなかった。





20130530
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ