想いの行方(仮)
□相愛
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どうしようどうしよう、と今の私の頭の中は言い訳を考えるだけでいっぱいだった。
そんな私の葛藤を知らない沖田さんは、ふう、と一つ息を吐いて、髪をかき上げる仕草をした。
「君も女の子なんだから、あんなところで無防備な姿でいるものじゃないよ」
沖田さんには、なんでもない一言だったのかもしれない。
当たり前のことを注意しただけなのかもしれない。
でも…。
(…私『も』って……)
いったい誰と比べているの?
私が知らない…女の人?
沖田さんの……恋人?
(そんなの…)
「……いや」
「嫌って。君ねえ…」
「嫌です、そんなの」
私は沖田さんの着物を握りしめた。
そのまま辿った先に触れる。
その瞬間、沖田さんは身を引こうとしたけれど、私は離さなかった。
名前も知らない、見たこともない誰かにこの手が触れるなんて、嫌だ。
見えない影に怯えるのも、もう…。
「…もう、どこにも行かないでください!私なんかじゃ駄目だってことは分かっています。でも…もう嫌なんです!」
「…千鶴ちゃん?」
今のままでいいと思っていた。
言葉を交わして、その姿を見ているだけで十分だと思っていたのに…。
「……きです」
この先、私の気持ちを伝えることはしないと、決めたのに。
「…好き…です、……沖田さんのこと…」
「……え…」
だから、もう誰のところにも行ってほしくない……。
「…行かないで、ください…」
乾いた頬にまた、涙が流れた。
せっかく沖田さんが拭ってくれたのに。
こんな時に泣いたりしたら、いくら沖田さんだって対処に困るだろう。
でも、止まらない涙を止める方法を、私は知らない。
だって、沖田さんを想うだけで、自然と溢れてくるんだから。
泣いてすがるなんて、みっともないことをするな、と思っているかもしれない。
何も言わないけれど、面倒な子供だと思われているかもしれない。
でも、それでもここにいる沖田さんの手を、私は離すことできなかった。
「……もしかして、この前の巡察のときに言おうとした言葉って…それ?」
私は少し迷って、小さく頷いた。
伝えたかったことはあの時から変わっていないから。
変わったのは、沖田さんへの私の気持ち。
日に日に大きくなる、この。
それを一度でも口にしてしまった今は、もう止まらない。
あの沖田さんが何も言えないくらい驚いているのを知っても、それでも。
「…あ…諦めなきゃって……諦めようとして…でも、できなくて…。…沖田さんと私じゃ、釣り合わないからって。…でも、もう…見ているだけなんて…嫌です」
どこかに行ってしまうのを見ているのも、私が知らないところから帰ってきたときに迎えるのも。
ただその背中を見ているだけも。
泣いているせいでのどの奥が詰まって、ちゃんと伝えられない言葉たちが多すぎる。
私は少しでも冷静になろうと、深い呼吸を繰り返した。
でも、できなかった。
「…でも、僕なんかに触られるの、嫌なんでしょう?」
「……え?」
沖田さんが言っている意味がわからなくて顔を上げると、目が合った瞬間、反らされた。
それだけなのに、胸がひどく痛む。
「…どうして?私、そんなこと…」
「言ってたよ、熱で寝込んだ時。もう嫌だ、って…触らないで、って」
「…それは…」
あのときの言葉は、沖田さんに向けたものじゃない。
気付かなかっただけで、私はそれより以前には、もう…。
「どんな意図があってこんなことを言い出したのか知らないけど、僕をからかいたいだけなら…それだけは止めてよ」
うまく説明できずに混乱している私をよそに勝手に話を進め、手を引こうとした。
でも、私は離さなかった。
また私が知らないどこかに行ってしまうような気がして、離すことができなかった。
「それは誤解です!あれは、私が知らない誰かに触れたかもしれない手で触られるのが、嫌だったんです!」
沖田さんだけが帰りが遅かったあの日、髪が乱れていた、その理由。
原因は一つしか思い当たらない。
だから嫌だった。
沖田さんを傷つけることしか言わなかった私。
夢の中でも酷いことを何度も言って、やめてほしくても、夢の中の『私』は傷つけ続けた。
そんな私が、自分の気持ちを伝えていいはずがない。
だから、もう何も望まない、と自分の気持ちを隠そうと思った。
願いが叶ったから、なんて綺麗なことを言って沖田さんを諦めることで、自分がしたことを忘れたかった。
なかったことにしたかった。
でも、できなかった。
。