内緒の小部屋
□サンプル
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総司Side
『そんなところでぼんやりしていると、風邪ひくよ、千鶴ちゃん』
『…沖田さん』
まだ背中を見送っていた千鶴ちゃんに声をかけると、少し驚いたようにこちらを振り返る。
僕の存在に初めて気付いた、って顔。
当たり前だ。千鶴ちゃんは気配が読めるわけでも、常に自分の周りを警戒しながら過ごしているというわけじゃないから。
『寒いと思ったら…一晩でずいぶん積もったね』
『…そうですね』
そう呟いた千鶴ちゃんは、心ここにあらず、といったようにまた視線をもとに戻した。
その先にはさっきまであったはずの黒はなく、あるのは正反対の真白に覆われた、いつもと違う風景。
変わったのは風景だけじゃない。
取り込む空気すらも変わってしまっていた。
いつものほこりっぽい空気じゃない。
清廉で凛として、どこまでも無垢で。
肌に触れるそれ痛いくらい冷たいのに、どこか柔らかい。
厳しいのか優しいのかわからない空気。
『あっ!沖田さん、どうしてそんな薄着で外にいるんですか!?』
今頃気付いたのか、千鶴ちゃんが眉をつり上げて責めているのは僕が寝間着一枚で外にいたから。
人のいい君のことだから心配してくれての言葉だということは知っているつもりだ。それがたまに鬱陶しいときもあるけど、僕のことをちゃんと見ていてくれているとわかるから。
でもね今の君に言われても、説得力も迫力もないんだよね。
『外に出るならちゃんと着替えてからにしてください!そうでないならそんな格好でふらふらと出歩かないでください!』
『ふらふらって……失礼だなあ。僕は鍛えてるから少しくらい平気なんだよ。それより君の方がもう中に入るなりしたら?』
外に出てすぐ、というわけではないんだろうということはすぐわかる。え?と、見あげてくる顔は頬と鼻先が赤く染まっている。
『頬と鼻が真っ赤だよ。それにこっちも…』
こっち、とすくい上げた指は予想していたより冷たくて、少し驚いた。
『なに、この冷えた指!どれだけ呆けてたらこんな風になるわけ?』
しかもかじかんでいるのか、千鶴ちゃんの指先は痛々しいほど固まっている。
袖口から見えていたときから気になっていたけど、普段は白い指先は頬と同じくらい赤い。
『呆け、って……それはさっきまで雪をいじっていたからです』
『雪が降って喜ぶ歳でもあるまいし、こんなになるまでしなくていいんじゃない?』
『そうですけど……なんだかもったいないじゃないですか。せっかく積もっても、すぐ消えてしまうなんて』
千鶴ちゃんは頬を膨らませて反論すると、そう言ってまた視線を雪に向ける。
……何を想っているんだろう
そんなに切なそうに、今にも泣きそうになりながら
誰を想っているんだろう……
千鶴Side
『……ねえ、千鶴ちゃん』
『はい』
『ちょっとこれ、持ってて』
『はい?』
沖田さんは受け取ったばかりの雪うさぎを私の手に戻した。すると止める間もなく雪の中に歩み出ると、しゃがみ込んで雪をいじりだす。
そんな薄着で、とかせっかく部屋に戻ると言ったのに、とか、責める言葉はたくさんあった。
けれど何も言えなかったのは、微かに見える横顔があまりにも
真剣で…つい見とれてしまったから。刀を振っているときですら、あんな顔は見たことがなかった気がする。
私がぼんやりとしているうちに、沖田さんは戻ってきて。
『これは僕から千鶴ちゃんに』
お返し、と両手の平の上に乗せたものを見せた。そこにあったのは私の手のひらにあるものと同じ形。
『……雪うさぎ……』
『そう。僕ばっかりもらってたら悪いからね。君にあげる』
……私に?
……沖田さんがあんなに必死になっていたのは、私にくれるためだったの?
私のため、は違うのかもしれない。思い違いかもしれない。
でも嬉しいと思うのは、思ってしまうのは…いいですよね?
私は雪うさぎを受け取ろうと手を上げかけて気が付いた。
…どうしよう。
『……手がいっぱいで受け取れません…』
私の手の上にいる私が作った雪うさぎが、沖田さんの手の上にいる彼が作ってくれた雪うさぎと向かい合わせに見つめ合っていた。
一瞬の沈黙は、沖田さんもそのことを忘れていたからだろう。
私の雪うさぎと自分のものとを見比べていた沖田さんは、それを思い出したように笑った。
『そういえば、千鶴ちゃんに持っているように言ったの、僕だったね』
『そうですよ。忘れないでください』
なんだか可笑しくて、つい私も笑ってしまった。
沖田さんにせっかく温めてもらった手は、彼を待っているもうとっくに冷えてしまっていた。けれど何の含みもない笑顔は、雪の冷たさなんて忘れるくらい私の心を温めてくれた。
『…とりあえず、冷たいしちょっと置こうか』
ひとしきり笑いあって落ち着いた頃、この状況をどうしようかと改めて考えた。すると沖田さんはしゃがんで足下の、まだきれいな雪の上にのせた。それに倣って私も雪うさぎをそっと雪の上に下ろした。
並んだ雪うさぎは、図らずも隣同士に寄り添った。
見れば私たちの手のひらの大きさに比例して、雪うさぎの大きさも違っている。
『なんだか親子みたいですね』
『…え?』
『ですから、沖田さんが作った雪うさぎが親うさぎで、私が作った方が子うさぎ。そう見えませんか?』
『そうかな。僕はまるで恋人同士だなって思ってたんだけど』
『恋人…』
沖田さんの言葉を聞いてから雪うさぎたちを見れば、そうとしか見えなくなるから不思議だ。
そして同時に、あるはずがない関係をそこに見いだしてしまった。
小さい方が私で、大きい方は…。
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