内緒の小部屋

□つながる想いに誓いの口づけを…
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「苦しくないですか?」

「うん、平気。ちょうどいいよ」


総司は後ろから聞こえる声に頷き、襟元や腰周りを自分で調整してみる。
袖を通すのはいつぶりか曖昧な着流しは、なんだかちょっと新鮮だった。


「自分じゃよくわからないけど、…どうかな?」

「……」


いつもとは違う慣れない着流しが心許ないのか、総司の声は珍しく不安げだ。

総司の背後で、着慣れていない、と言う総司のために帯を結んでいた千鶴は正面にまわり、その全身を見る。
しかし声をかけられた千鶴はがらりと雰囲気が変わった総司を見て呆然としていた。

藤色の着物は今までよりも総司をしっとりとした、落ち着きある大人の男性に見せる。

今までの言動が少し子供っぽかったため、そんな風に感じたことはなかったけれど、着るものを変えただけなのに今の総司はいつもよりとても魅力的に映った。

目が離せない、とはこういうことを言うんだろう。
目が自然と動きを追ってしまう。
瞬きすら忘れるくらい見入ってしまう。


「…千鶴ちゃん?」

「……っ、はいっ!?」


目の前で手のひらを振られ、総司に見とれていた千鶴は過剰なまでの反応をし、それを見た総司を驚かせた。


「ぼんやりしちゃってどうしたの?やっぱりどこかおかしい?」

「あ……いえ…どこも、おかしくない…です」

「そう?ならいいんだけど…」


やっぱり慣れないなあ、と口にしながら、緩めた胸元の襟や袖口を何度も弄り、落ち着かない様子の総司。

千鶴はというと、相変わらずそんな総司を見つめているが、困ったことにその顔を直視できずにいた。


(……どうしよう………)


この着物は絶対に似合うと思い、千鶴が自から選んで贈ったもの。

彼はこれからの生活でこの着物を着るんだろう。
そのために買ってきたものだし、そのために千鶴が縫ったものだ。

しかし……


(…どうしよう……どうしよう………)


まさかここまでだとは、選んだ千鶴も思いもしなかった。

熱を持ちはじめた頬は、赤くなっているにいちがいない。
こんなところを見られたら、からかわれること必死だ。

千鶴は総司に顔を見られないよう、そっと俯いた。


「…う〜ん、しばらく着ていれば慣れるかな。で、君はさっきからどうしたの?」

「いえ、お気になさらず……なんでもありませんので…」


気にするなと言われても、態度がおかしいことくらいすぐわかる。
それでなくとも千鶴は分かりやすい性格をしている。
顔色だって読みやすい。

千鶴の態度を見て、そんなにこの格好が変だったのかと心配になる。

おかしくないと言っても、似合っているとは千鶴は言っていなかった。
人を傷つけることを良しとしない子だ。たとえそうでも面と向かって、似合わない、とは言わないだろう。

さすがに少し不安になって俯いたままの顔をのぞき込むと、ぱっと背けられた。


「……なんで?」

「…なんでもありませんから、お気になさらず……」

「そんな態度で気にするなって言われても、かなり無理があると思わない?」

「そうですか?……いつもと変わらないと思います」

「それで、『はい、そうですか』って納得すると思っているの?いい加減、こっち向きなって!」


千鶴の態度に業を煮やした総司が、頬を両手で挟んで無理矢理自分の方に顔を向かせる。


「っ、やっ!離してください!」

「あ…ちょっ!千鶴ちゃん!?」


しかし千鶴は普段からは想像できないほどの力で総司の腕を振りほどくと、一目散に寝室へと逃げ込んでしまった。
その際、覗いたら絶交です!という、子供の喧嘩の捨て台詞のような言葉を残して。






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