内緒の小部屋

□サンプル
1ページ/3ページ



氷華





一年に一度会えて、本当の愛を確かめ合える彼らが幸せなのか

それとも…

―――毎日会えるけど、想いが届かない私の方が幸せなのか…


 毎年訪れるこの日、夜空を見上げるたび考える。
 けれどそれは、いつまでたっても答えが見いだせない問いだった。

 薄いピンクの短冊を胸に抱いて、空を仰ぐ。しかしそこにあるはずの星たちは厚い雲に遮られ、その姿を一つも確認することができない。

 七月七日の七夕の日。

 願い事を短冊に書いて笹に吊せば願い事が叶う―――そんな迷信が伝わる現代。
 何の根拠もない。保証もない。

(なのに、そんなものにまで希望を抱いてしまう私は、不毛なのかもしれない…)

 そもそも七夕は節句の一つであって、よく聞く織り姫や彦星の逢瀬だって、ただの作り話。二つの正座を形どる星が二つ、天の川の両脇にあっただけ。
 そこに二人の恋物語を見いだした先人は、なんて想像力が豊かなんだろう。夢がある、と言い換えてもいいかもしれない。

 そう。ただの作り話。

 フィクションだと知っているにも関わらず、その物語にあやかって願いが叶うことを期待することの、なんと愚かしいことか。
 分かっていても、今の千鶴には何もできなかった。
 毎日顔を合わせているのに、何も言えない。言いたいことは一つしかないのに、それが言えない。

私の気持ちはすでに、一所にあるというのに…。



「…今年も見えないのかな」

 空いっぱいに広がる雲の遙か彼方に、それはある。しかしどうしてか、今日この日、七夕の天気は曇りや雨が多い。
 ご多分にもれず、今年も曇り。
 梅雨なのだから、当たり前と言えば当たり前。

 かつては旧暦の、今から約一ヶ月後が七夕だった。梅雨は明け、夏の空が広がり、今よりたくさんの星が見えていた。
 しかし今は―――。

「毎年毎年、よく飽きないよね」

 背後から聞きなれた、しかし違和感は消えない声が聞こえ、千鶴は振り返る。そこにはもう、見慣れた子供が立っていた。

「総…ちゃん」

 つい出かかった言葉を飲み込み、今の関係にふさわしい名称でその名を呼ぶ。こちらはいつまでたっても慣れない。違和感も消えない。本当に呼びたい名は違うのに、と思っていても、どうしても口にできない。

「そして短冊を持って、何をしているのかな?」

「…内緒、です」

(…言えるわけ、ない)

 千鶴は胸の短冊を見られないよう、きつく握りしめた。
 今年も増えてしまった、飾れない短冊。
その内容が何なのか、誰も知らない。もちろん、その対象者も。
 当たり前だ。
 机の引き出しに毎年増えるそれを誰にも見られたくなくて、でもだからといって、捨ててしまったらこの願いが叶わなくなる気がして。ずっと机と、自分の胸の中にしまっておくしかできなかったのだから。
 顔を逸らす千鶴に、さっきまでからかう気満々、と笑っていた総司は表情を変えた。

「可愛くないなあ」

 声のトーンまでもを変え、短く発せられた言葉に、ずきりと胸が痛んだ。
 子供は思ったことを、何にも包まず口にする。それは彼も同じで、結構ストレートにものを発する。
 千鶴がよく見知った彼が、知り合った当時、あれでも随分大人だったのだと気付いた時には驚いたものだ。
 反論もせず、ただ短冊を抱きしめて黙り込んだ千鶴に、これ、と両手に持っていたものを見せるように総司は持ち上げた。

「可愛くない子には、これ、あげないよ」








次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ