内緒の小部屋
□サンプル
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氷華
一年に一度会えて、本当の愛を確かめ合える彼らが幸せなのか
それとも…
―――毎日会えるけど、想いが届かない私の方が幸せなのか…
毎年訪れるこの日、夜空を見上げるたび考える。
けれどそれは、いつまでたっても答えが見いだせない問いだった。
薄いピンクの短冊を胸に抱いて、空を仰ぐ。しかしそこにあるはずの星たちは厚い雲に遮られ、その姿を一つも確認することができない。
七月七日の七夕の日。
願い事を短冊に書いて笹に吊せば願い事が叶う―――そんな迷信が伝わる現代。
何の根拠もない。保証もない。
(なのに、そんなものにまで希望を抱いてしまう私は、不毛なのかもしれない…)
そもそも七夕は節句の一つであって、よく聞く織り姫や彦星の逢瀬だって、ただの作り話。二つの正座を形どる星が二つ、天の川の両脇にあっただけ。
そこに二人の恋物語を見いだした先人は、なんて想像力が豊かなんだろう。夢がある、と言い換えてもいいかもしれない。
そう。ただの作り話。
フィクションだと知っているにも関わらず、その物語にあやかって願いが叶うことを期待することの、なんと愚かしいことか。
分かっていても、今の千鶴には何もできなかった。
毎日顔を合わせているのに、何も言えない。言いたいことは一つしかないのに、それが言えない。
私の気持ちはすでに、一所にあるというのに…。
「…今年も見えないのかな」
空いっぱいに広がる雲の遙か彼方に、それはある。しかしどうしてか、今日この日、七夕の天気は曇りや雨が多い。
ご多分にもれず、今年も曇り。
梅雨なのだから、当たり前と言えば当たり前。
かつては旧暦の、今から約一ヶ月後が七夕だった。梅雨は明け、夏の空が広がり、今よりたくさんの星が見えていた。
しかし今は―――。
「毎年毎年、よく飽きないよね」
背後から聞きなれた、しかし違和感は消えない声が聞こえ、千鶴は振り返る。そこにはもう、見慣れた子供が立っていた。
「総…ちゃん」
つい出かかった言葉を飲み込み、今の関係にふさわしい名称でその名を呼ぶ。こちらはいつまでたっても慣れない。違和感も消えない。本当に呼びたい名は違うのに、と思っていても、どうしても口にできない。
「そして短冊を持って、何をしているのかな?」
「…内緒、です」
(…言えるわけ、ない)
千鶴は胸の短冊を見られないよう、きつく握りしめた。
今年も増えてしまった、飾れない短冊。
その内容が何なのか、誰も知らない。もちろん、その対象者も。
当たり前だ。
机の引き出しに毎年増えるそれを誰にも見られたくなくて、でもだからといって、捨ててしまったらこの願いが叶わなくなる気がして。ずっと机と、自分の胸の中にしまっておくしかできなかったのだから。
顔を逸らす千鶴に、さっきまでからかう気満々、と笑っていた総司は表情を変えた。
「可愛くないなあ」
声のトーンまでもを変え、短く発せられた言葉に、ずきりと胸が痛んだ。
子供は思ったことを、何にも包まず口にする。それは彼も同じで、結構ストレートにものを発する。
千鶴がよく見知った彼が、知り合った当時、あれでも随分大人だったのだと気付いた時には驚いたものだ。
反論もせず、ただ短冊を抱きしめて黙り込んだ千鶴に、これ、と両手に持っていたものを見せるように総司は持ち上げた。
「可愛くない子には、これ、あげないよ」
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