無双部屋(short)

□雨
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「あの時はアンタが正しかったさ。隊の士気に関わるから、ああ言ったんだろ?」
「だがよ…」

一瞬言葉を探す様に逸らされた目は、またすぐに戻り俺の瞳を真っ直ぐに捉えた。


「あの時のお前の言葉で俺は…そうだよなって、初めて気付けたんだ。」
「…」
「俺ぁ、今まで割り切るのは当然だって思ってた。敵の将殺すのも、それで悲しむ奴がいるってのも、こんな世だから仕方無ぇ事だろ…って。だが、感情って奴は当たり前ってだけじゃ片付けらんねぇ。…お前から俺が奪ったもんは、時代とか、敵だとか、味方だとか、んな事全然関係無ぇ…大事なもんだったんだよな。」


…でも、人を殺す事が日常である今の世で生きている俺達が…それを知り、感じてしまうって事は、同時にこの乱世で生きる事に多くの痛みを受けて生きていく事になる。
敵を殺すごとにその悲しみを背負ってなんて、とても生きられない。
だから皆、知ってて知らないフリをする。

殺し殺され生きて行くのが俺達の生き方だから、どうしようも無いのだ、と。

殺して生まれる悲しみなんて、誰しもが抱えてる事なんだ、乱世の定めなのだ、と。

俺だって…同じだ。
父上を失い、心抉られる様な痛みを受けてなお…俺は平気で人を殺す。



そして、その『仇』の男の腕の中で、安らぎすら感じている。






「アンタは、知って…後悔してるかい?」

「いや、しねぇ。…俺はこの生き方は変えらんねぇ。呉の仲間守る為なら戦うし、殺しもする。みんな強ぇ信念持って戦ってんだ。譲れねぇ想いがある限り仕方ねぇって思う。だから後悔はしねぇ!だが…痛みは…その先に痛みがあるって事だけは、忘れたくねぇ。…お前を、今でも傷つけてるって事も…。」


…甘寧は、いつだって真っ直ぐに受け止める。
それは、甘寧の持つ強さだ。
この男のこの強さに、皆、惹かれ、慕うのだろう…




俺は、その強さが、羨ましい…。

失った悲しみから、奪う痛みから未だ抜け出せず、ただ自らを抱き締め痛みに耐える事しか出来ない俺は…きっとすごく…狡くて弱い…



「俺はお前に何もしてやれねぇ…痛みを変わってやる事も、どんな痛みに苦しんでんのか分かる事すら出来やしねぇ。でも…1人で苦しめたく、ねぇんだよ。」


甘寧の腕が俺の体を引き寄せ、強引にかき抱かれた。
その温かさと強さに、すべて委ねてしまいたくなる…。



「お前が雨の音が嫌だってんなら、お前の名前呼んで他の音何も聞こえなくしてやる。何も見たくねぇなら、お前の視界は俺が奪う。…溜め込むな、独りで…俺はここにいるからよ…。」


ああ…もう、抗え無い…



「泣け…凌統…」



俺を腕に閉じ込めたまま、そっとその大きな手で頭を撫でる。
耳には甘寧の心臓の音が響き、視界は甘寧の厚い胸板しか映さない。

「優しくすんなっつの…馬鹿。」

「ああ…悪いな。」


次第に滲む視界を甘寧の優しさのせいにする。



俺は、狡くて弱いから…。










だから…















…傍に


いてくれ………











静かに、ただ静かに雨音が響く部屋の中…俺はコイツの腕の中…久し振りに涙を流していた。







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