無双部屋(long)
□伝えない 言葉 5
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次の日、呉へと戻って来た俺はすぐに殿の部屋へ呼ばれた。
罰は覚悟の上だ。
孫権様が決死の思いで作り上げた平和の世で、失わなくても良かったはずのたくさんの命を、守り切れなかったんだ。
処罰されて当たり前だっつの。
「孫権様…今回の事、すべて俺の力不足です。すみま…」
「すまなかった。凌統。」
…は?
孫権様…今、何て言った??
「相手の事をよく調べもせずにお前を単独で行かせてしまった。俺も平和な世に慣れすぎていたらしい。甘寧が助けに向かっていなければどうなっていたか…。」
「いっ、いいえっ!孫権様!俺が油断したから悪いんです!そのせいで…大切な部下を…」
失って、しまったんだ…
後悔しても、もう、戻らない…
「いや、凌統はよく頑張ってくれた。お前が生きててくれただけで十分なんだ。部下も、亡くなった者がいるのは事実。しかし命を取り留めた者も多くいる。よくやってくれた。」
「しかし…」
「お前が対峙した奴…あいつは曹操の血族の者だ。」
「!!」
「俺も詳しくは知らんのだが、曹操の兄だか弟だかの子が、若き頃国を飛び出しているらしい。天の才があると恐れられる程の剣の使い手だったとか。」
それが…奴だった…と?
思えば、奴の発する覇気は曹操のそれを思い起こさせたし、顔だって…いや…思い出したくない…気持ち悪いっつーの。
「凌統、本当によく戻って来てくれた。しばらくはゆっくり体を休めてくれ。」
「孫権様…ありがとうございます。」
部屋から出ると、ずっと待っていてくれたのか、陸遜が心配顔で駆け寄って来た。
「陸遜!昨日は迷惑かけたね。」
「いえ、そんな事は…それより…すみません。」
奴はあの後、火矢をくらいながらも壁に掘ってあった隠し扉で逃げたらしい。
陸遜はその事を気にしているんだろう。
「…陸遜。ありがとう。」
顔を覗き込み笑うと、陸遜も困ったように、笑顔を向けてくれた。
共に廊下を歩く。
いつもと変わらぬその時が、あの状況で死なずに帰って来れた事を実感させた。
だが…帰れずにあの森で命を落とした者達がいる…。
今夜、彼等の供養が行われるだろう。
戦で人が亡くなると、必ず行われるそれは、何度経験しても慣れる事は無い。
炎に包まれ、天へと還る人達を見送るその行為は…時々…本当に時々…今ここで、自分が地に足を付け立っている事実すら…危うくする。
還るのはむしろ自分では無いか…と。
しばらく無言で歩いていた。
暗い考えに蝕まれそうになりながらも、平気な顔して。
陸遜は何か考えるように難しい顔をしていたが、俺を見上げ、ポツリと話し出した。
「凌統殿…」
「ん?」
「凌統殿は、甘寧殿と共に行きたいと、思いますか?」
意外だった。
真面目な陸遜がこんな事を言うとは…。
らしく無いその言葉が、陸遜が真剣に聞いているんだと告げている。
だから俺も珍しく、真面目に答えようなんて思ったのかもしれない…。
「…あいつと離れたい訳じゃ無いけど、俺は孫権様に今までの恩を返さなきゃ。だから、ここを離れないよ。」
「…甘寧殿は、呉には戻らないのでしょうか?」
「あいつには自由が似合うから。戻って来るっつっても、俺が蹴り出すかな。」
(出来る…かな…)
「それでは…共にいる事は、出来ないじゃ無いですか…」
「ちょっ…陸遜!何泣きそうな顔してんのさ!!」
「っ…」
「陸遜!!」
陸遜の瞳から透明な涙が零れ落ちる。
陸遜の涙は、初めて見た。
今まで、何があっても表情には出さずに凛と前を向いていたのに…自分の事では無く、俺の事で…。
「馬鹿です。甘寧殿も、凌統殿も…。」
「…そうかもしれないね。」
陸遜が泣き止むまで、俺より少し低い位置にある頭を撫で続けた。
陸遜も、きっと俺と同じように、顔には出ず、泣いていたんだろう…。
空へと還る彼等を見送りながら…共に…。
軍師という肩書きが、本来優しいはずの陸遜から涙を奪ったんだとしたら…きっとそれはすごく…苦しいはずだから…。