短編3

□【丸い爪を濡らす涙は語らない】
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足の指先がうち震えるのは寒さのせいだけでは、ないから。


【丸い爪を濡らす涙は語らない】


亮の顔を見るなり、あたしは小さな子どもがするように大声を上げて泣き出していた。
情けないことにそれに気がついたのは、亮が、細い僅かに吊った目を楕円を描いて薄い唇がぽかんと開いたのを、手で拭ってしまいたいくらいの白んだ霞むモザイク壁画のような視界に、確認してからだった。

「なに、急に、泣いてんだよ」
「だっ、て、っ、う、えぇ、え」

彼が困惑して声を上擦らせるのももっともなはなしである。

1時間ほどまえにお開きになった気のおけない女友達らとの飲み会はいい具合に盛り上がった。
正しくは盛り上がり、すぎた。おそらくそれがいけなかった。
耳年増の友達は寄ってたかってあたしと彼を恰好の酒の肴にすると、ああでもないこうでもないと御託を並べ終いには、そんなんじゃあんたの誕生日までに別れちゃうかもよ、と、瞬間、あたしのカラーリングで痛んだ頭から、アルコールで綻んだ指先まで木っ端みじんに砕いたのだった。
はじめは、カラカラと声をあげて笑っていたあたしも次第に声を少なにして、頼んだ色とりどりのカクテルは最期まで並々とコップの中でチラチラと天上から降るオレンジの光を思うがまま踊らせる嵌めとなっていた。
いつもなら大手をふるって流せる些細なことも、アルコールという成分は簡単にその掌で掬ってしまう。

今のあたしは、どうしてたって、涙が止まらなかった。

「つかお前、なんで、泣くわけ」

亮以上に、いや、亮と同じくらい、あたしもそれが一番知りたいのだ。

わずかに端の欠けた月が天にのぼりきった時分、連絡のひとつも寄越さずに亮のアパートのとびらを感覚のない拳で、一応申し訳なさそうに叩いたまでは、割とましだったのかもしれない。
文字通り目を擦りながら短い眉をひそめた亮の顔をみるなり、それまで形を保っていた感情の堤防がどっ、と粉のように跡形もなく散った。
それからそのまま、僅かにあたしの煙草の灰のニオイのするこの部屋の空気にむせ返りながら、十数分くらいずっといろんな意味でどうしようもないこの状態が続いていた。

 
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