おはなし

□直感働き過ぎてもねぇ
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 ある日の待機中、シーブックはいつものように部屋に工具を広げ、小さな部品から大きな部品を手に取ってはその調子を見ていた。
「…また作るのか」
 それを見た同室のザビーネがため息まじりに言う。
「あぁ、暇だしな」
 返事をするシーブックはとにかく楽しそうだった。
 ザビーネのことはまったく気にも留めず、ときおり鼻歌もまじえながら上機嫌で作業をするシーブック。それがなんだか気に入らなくて、ザビーネはシーブックの背後から近付き、腰に手をかけて一気に抱き寄せた。
「ぅわ…っと!」
 驚いたシーブックは手にしていた小さなパーツを落とした。怒って振り向こうとしたが、しっかりと抱きすくめられて身動きがとれなかった。
「…んだよ、急に」
 仕方なく口だけで非難する。
 二人に大きな体格差はないはずなのだが、わりとすっぽり、シーブックはザビーネの腕の中におさまっていた。ザビーネが抱き慣れているだけなのかもしれないが。
 ザビーネは黙って、シーブックの肩に後ろから顔をうずめている。
「もー、黙ってたらわかんないだろ」
 シーブックは言いながら、自分を抱き締める腕をそっと掴んだ。細くもなく、かといって肉がつきすぎているわけでもなく、程よい力強さを感じるザビーネの腕。これに何度も抱かれているんだなと思うと、急に熱が上がってきて、シーブックはほんのりと頬を赤らめた。
 それを狙って待っていたのかはわからないが、ザビーネは腕の中の抵抗が緩んだ隙をついて、シーブックの耳に軽く噛みついた。
「ッ!?」
 不意をつかれて、シーブックは身をビクリと震わせた。
「ちょ…!いきなり何するんだ!?」
 ザビーネは答えず、噛みついた耳に優しく口付けてから、縁をゆっくりとなぞるように舐めあげる。またビクっと反応を見せたシーブックに気を良くして、耳たぶに、首筋に、と唇を落としていく。
 ぞくぞくする甘さに流されそうになるのを、シーブックは目を強く瞑ることで我慢した。甘噛みされている首筋につい意識が集中する。そちらにばかり気をとられていたら、上着を少しまくりあげた隙間から滑り込んできた手に最初は気付かなかった。
 胸を撫で回されて、ようやくその違和感に目を開く。
「ッ…!」
 さすがにこれ以上流されるのは不味い。何よりも楽しみなエア・グライダー製作の続きがしたいのだ。
 こんなときでも趣味のことを考えるのは、さすがシーブックといったところか。
「い…い加減にしろ!」
 シーブックは渾身の力で身をよじり、ザビーネと向き合う形までは取った。
 ザビーネの表情はいつもの冷静なポーカーフェイスだが、「ちっ、流しきれなかったか」という残念さが伺えなくもなかった。
 シーブックは少し息を乱しながら、
「ったく…いきなり何するんだよ!」
 反省とか微塵もしなさそうなツラしたザビーネに訴えた。
「いつもの事だろう」
 反省とか以前に、自分が悪いというか相手に迷惑かけることをしているといった自覚がないのだろうか。そう考えて、シーブックはイラッとした。たまにとはいえ、そんな奴に流される自分も自分だが。
「なんでいつもいつもこういうことするんだよ!」
「好きだからに決まっているだろう」
 さらりと言われた。
 シーブックは「本気でもないくせに!」と返してやりたかった。でも言えなかったのは、ザビーネの言葉が嘘ではないのがわかるからだ。なぜわかると言われても、ただの直感だからとしか言い様がない。
「また…そんな事…ばかり…」
 強く言い返せなくて、語尾は口ごもってしまう。
 そんな戸惑いを見せるシーブックに畳み掛けるように、
「嘘ではない」
 と、これまたはっきりと言い切るザビーネ。
 シーブックは「わかってるよ」と内心で突っ込むと、これ以上ザビーネの顔は見ていられなくて俯いた。
 ザビーネは彼が内心で何を言っていたのか感じ取っていたし、照れ隠しで俯いてしまった愛らしいところもすべていとおしくて、もう今すぐ押し倒してしまいたい衝動に駈られた。今ならまだ間に合うかもしれない、まだ流せるかもしれない。かといって、あまり性急なのも騎士道に反する。
 あれだけ散々セクハラしておいて、今さら騎士道もへったくれもない気がするが。
「シーブック…」
 できるだけ優しい声音で呼んで、俯いたシーブックの右頬にそっと手を添えた。
 シーブックはピクリともしなかった。
「…さわるな」
 ただ拗ねたようにそう言って、しかし抵抗する素振りはない。
 これはいける。ザビーネは逸る気持ちを抑え、愛しい額にそっと口付けた。
「顔を上げてくれ」
「いやだ」
「シーブック」
「ヤだ」
「………」
「やだ。ダメだからな」
 大きな抵抗はないものの、シーブックの流されまいとする強い意志が感じられる。
 …いけなかった。ザビーネは内心で舌打ちをした。
 シーブック的には、力任せに押し倒されたらヤバイかもしれないという自信の無さだったのだが、普段は強引に尻をさわってくるザビーネは、こういうときは律儀に相手の意思を汲んだりする紳士なところがあった。
 まだ気は抜けないが、シーブックは少しほっとした。
 ザビーネはわかりやすくため息を吐くと、
「わかった。今日は諦めよう」
 と言って、シーブックの頬から手を離した。
「おっ」
 シーブックは顔を上げた。目を合わせたザビーネは少し残念そうな感じを出していたが、しかしやわらかく微笑んでいてシーブックを安心させた。
 しかしそれは束の間で。
「その代わり、キスだけいいか?」
「ぇ゙」
 思わず嫌そうな表情をするシーブック。ザビーネは変わらず微笑をたたえながらシーブックに顔を寄せ、
「キスだけだ、それ以上のことはしない。絶対だ」
 強く言い切った。
 シーブックはまた困ったことに、「そんなこと言って、あわよくばとか思ってんだろ」と断りたかったのだが、ザビーネが嘘をついていないのがなんとなくわかってしまって言えなかった。本当にキスだけのつもりのようだ。
「むむぅ…」
 ザビーネの気迫に圧されたわけではないが、まぁキスくらいなら…と思えてきてしまった。
「…ホントに、キスだけだ、ぞ…?」
 気持ち身を引きながら、念を押す。
 ザビーネは一度やわらかく微笑んでから、
「あぁ、キスだけだ」
 再びシーブックの頬に手を添えて、空いているもう片方の手は、逃げ気味なシーブックの腰をとらえて自分の元に寄せた。するとシーブックが少し身を固くしたので、あやすように頬を優しく撫でてやる。それから親指でその柔らかい唇を薄くなぞり、ゆっくりと自分の唇をそこに重ねた。
「ん…」
 シーブックはいつもの軽くて少しだけ甘いキスを予想していたので、すぐに深く口付けられて驚いた。あっさりと舌を絡めとられて、あとはザビーネのやりたい放題。
 いつもとは違う激しさに息がしづらくて苦しくなる。シーブックは思わずザビーネの胸を叩いた。
「んぅッ…ザビ…ネ、苦し…っ!」
「………」
 ザビーネは名残惜しそうに唇を離したが、シーブックが息を乱しながら何度か空気を取り入れたのを見てから、再び深く口付けた。
「んん…ッ!」
 キスだけとなると、それに全力をそそぐ奴だなぁ…シーブックはぼぅっとしてきた頭で、何気に呑気なことを思った。なんだか考えていることがうまくまとまらない。シーブックは仕方なく考えるのをやめて目を閉じ、与えられる甘さをおとなしく受け入れた。
「…ふぁ…ザビ、ネ…」
 ザビーネはまだ物足りなさそうだったが、シーブックの目尻に溜まった涙を見て、ようやく彼を解放した。
 力の抜けたシーブックがゆったりともたれかかってくる。それを優しく抱き止めて、柔らかい青髪をポンポンと軽く叩くように撫でた。
「大丈夫か?」
 まだ乱れている息を吐くシーブックに静かに尋ねると、青髪がゆっくりと揺れた。
「…っん…だいじょ…ぶ…」
「ふむ、大丈夫ではないな」
 ザビーネは少しだけ反省した。シーブックが落ち着くまで、しばらくのあいだ優しく頭を撫でる。
 優しく自分の頭に触れる手があたたかくて、シーブックは少し目を開いてから、心地良さに誘われるがままに瞼をおろした。
 シーブックは呼吸が落ち着いたのを認識すると、身じろぎをしてザビーネとの間をほんの少しだけあけてから、
「もぉ…あぁいうキスはなしだからな」
 と若干力無い釘を刺した。
「あぁ、すまなかった」
 ザビーネは申し訳なさそうに微笑して、まだ少しトロンとした眼差しをしているシーブックに今度は優しく口付けた。



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ザビさんの扱いが大体ひどいので、たまにはいい思いを。
あれ、なんかラブラブじゃね?とかつっこみながら携帯カコカコしてました。
2010.12.15

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