おはなし

□顔合わせ話
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「この人がザビーネよ」
 そう言って微笑むセシリーが連れてきた男は、金髪に整った顔立ちをしていて、どこか見据えた眼差しだった。
 セシリーが紹介するよりも前にシーブックの目についたのは右目の眼帯だ。それからその美形な顔付きを見て、無意識に睨んでしまう。
 今日は休日で、シーブックは本来なら趣味のエア・グライダー製作に没頭するつもりだったのだが、セシリーが会わせたい人がいるというので、彼女が住むパン屋まで足を運んだ。そして紹介されたのが、この金髪の青年である。
 セシリーの話によく出てくる「ザビーネ」という名前。歳はそう離れていないだろうに、この若さでクロスボーン・バンガードの大隊を指揮するほどの実力者。セシリーにモビルスーツの基礎を教えたのも、この男だという。
 加えて、このイケメンっぷり。
(くそッ…どれを取っても勝てる要素が見当たらない!!)
 シーブックは思わず頭を抱えた。シーブックが唯一自信を持って誇れるのは、エア・グライダーだけであろうか。
(いまどきハング・ライダーて…)
 学校の成績は悪い、べつにスポーツも得意ではない、モビルスーツは勘で動かしたようなものだし、顔だって普通。目の前で姿勢よく立つザビーネを見て、なんだか自分はひどく子供っぽく思えて恥ずかしくなってきた。
(いやいや、セシリーを想う気持ちなら負けないぞ…!)
 なんとなく拳を握る。
「シーブック…?」
 人の紹介も聞かずに一人葛藤をしていたシーブックを心配して、セシリーが声をかけた。
 シーブックはハッとして顔を上げて、
「あ、ごめん…聞いてなかったかも」
 アハハと苦笑いした。
 セシリーは呆れたように息を吐く。
「もう。どうせまたグライダーのこと考えてたんでしょ」
「ほう、グライダー?」
 興味を持ったのか、ザビーネが会話に参加してきたので、セシリーは彼の方を向いた。
「えぇ、彼の趣味なのよ。しかもジュニア大会で優勝するほどの実力者よ」
 セシリーがまるで自分のことのように嬉しそうに話すものだから、シーブックは照れくさくて後頭部をかいて気を紛らわした。ザビーネも「ほう」と感心したように微笑みかけてきて、シーブックはつい『あ、悪い人じゃないかも』と思った自分を単純だなと感じた。
「グライダーのこととなると、周りが見えなくなるのがタマにキズだけどね」
 いい気になっているシーブックにセシリーが愛らしく笑って水をさす。
「う…ごめんなさい…」
 シーブックは言い返せなくて素直にそう言った。
 セシリーはシーブックのそういうまっすぐなところを気に入っていた。直さなければと思っているのか、本当に申し訳なさそうに眉をひそめている彼を見てセシリーは満足そうに笑った。
「昨日焼き菓子の生地だけ作っておいたのよ。焼いてくるから、二人でお話でもしてて」
 セシリーは明るく言って、ザビーネに椅子をすすめてから奥の台所へと消えていった。
 セシリーは二人の親交を深めようとしているのだろう。なんせ、いつになるかはわからないが、共に仕事をすることになるかもしれないのだから。
 それはわかっている。わかっているのだけれど…若いシーブックは目の前の美男子を恋敵として意識してしまうのだった。
「…キミも座ったらどうだい?シーブック・アノー君」
 シーブックの敵意を知ってか知らずか、ザビーネが涼しい声で座るよう促す。その紳士な言動がまたシーブックをムッとさせた。
(むぅ。こいつはセシリーとどこまでいってるんだろうか…手はつないだのか)
 シーブックは立ったたまま、探るようにザビーネをまじまじと見つめた。
「………」
 ザビーネは変わらず涼しい表情をしている。うっすらと微笑をたたえて、それはまるでシーブックが嫉妬していることを知っているようにも見えた。
 しばらく見つめ合った(シーブック的には睨み合った)あと、ザビーネがフゥと息を吐いて立ち上がった。そしてゆっくりとシーブックに歩み寄り、
「…知りたいか?」
 おもむろに言った。
 シーブックは思わず一歩ひいたが、ザビーネのその問いで退いてはいけないという気になって踏ん張った。
「なんのことだ」
 とりあえずとぼけてはみたが、シーブックはわかっていた。あの問いは、セシリーとザビーネの関係についてを指しているのだと。
 ザビーネはフッと笑うと、シーブックの頬に手を伸ばし、
「ベラ様と私の関係だ」
 そう言って含みのある笑みを浮かべた。
「……ッ!」
 ザビーネの声でクチにされると現実味が増して、シーブックは言葉が詰まってしまった。
 ザビーネはただ睨み付けてくるだけのシーブックにさらに近寄ると、甘い声でささやくように、
「教えてやろう」
 シーブックの耳元でそう言った。そして思わず逃げようとした彼の腰を捕まえて引き寄せ、驚いて声をあげようとしたその口を己の唇でふさいだ。
「っ!?」
 シーブックは一瞬、何が起きているのか理解できなかった。少しあいていた隙間から侵入してきたモノに舌を絡め取られ、体に甘い痺れが走ったときに初めてキスをされたのだと認識した。
 初めてのキス。男にされた。なぜ、なんの為に?そういえば「教えてやる」って。そういうこと?セシリーとどこまでやったかを再現してる?
 混乱しかけたシーブックの脳は、整理する余裕もなくごちゃごちゃしたまま思考した。
 そうしてるうちに、腰を引き寄せた手がそろりと下り、尻を撫でた。これが今後ザビーネの日課となるのだが、それはまた別の話。
 息の仕方がわからなくて苦しそうにあえいでいると、口をふさいでいる唇がゆっくりと離れた。それは次に、無意識に目尻に溜まった涙に口付けをした。
「……」
 強引にキスしたわりにその行動はとても優しくて、シーブックはボーっとする意識の中で戸惑った。
 少し視線を上げると、ザビーネの美麗な顔がすぐ近くにあって、目が合う。
 シーブックはまだ整っていない息を吐きながら、恐る恐る訊ねた。
「…キス、したのか?…セシリーと…」
 ザビーネは口の端を持ち上げて不敵に笑うと、シーブックの尻をなでまわしながら再び顔を寄せた。
「ふっ…安心しろ、今のようなことはない」
「え」
 シーブックは思いきり眉間にシワを寄せた。
「じゃあ…なんでキスしたの?」
「逆の考えさ。ただ『していない』というよりも、『こういうことはしていない』とわかりやすい例を挙げた方が信用性があるだろう?」
「ねぇよ!!」
 ここは強くつっこませてもらうシーブック。
「余計不信になるよ!同じように軽々しくセシリーに触れたんじゃないかって思いきり疑うよ!」
「その点は大丈夫だ。このように軽々しく触れるのはキミにだけだよ、シーブック」
「いや、大丈夫じゃないぞ、それ…ってか、いつまでさわってんだよ」
 そういえば、と今さら思い出したように、無遠慮にセクハラを続ける手を掴む。とんだ変態野郎だと、シーブックはザビーネのイケてるツラを睨んだ。
「初対面の相手に、何を考えてるんだ」
 気を抜くと、隙あらば動きだそうとするヨコシマな手をしっかりと掴んで抑えながら、ザビーネの顔が近くにあることも警戒する。
「親交を深めようと思ってな」
「セクハラで深まると思ったあんたの常識はどうかしてるよ」
 ザビーネはフッと笑うと、掴まれている手を軽くひねって押さえつけからあっさり逃れると、相手の指の間に自分の指を入れ込んだ。そしてあいているもうひとつの手で、簡単に抜けられてムッとした表情をしているシーブックの顎を捕らえて、軽く上を向かせる。
「…ッ!」
「ともあれ、キミが心配するようなことは何もない。私はベラ様に仕えるただの従者だ」
 何もこんな至近距離で言わなくても。でもそのシーブックの思いは口には出なかった。
「キミとは仲良くしていきたい。よろしく、シーブック・アノー君」
 言い終わると同時に、触れるだけの軽いキス。
 シーブックは少しのあいだ固まったあと、いわゆる恋人つなぎ状態の手を力任せに振りほどいて、その手でザビーネの胸ぐらを掴む。そして相手の左目をキッと睨んで、
「僕は御免だッ!」
 少しも動じた様子は見られないザビーネに向かってキッパリと強く言いつけて、掴んでいた胸ぐらを突き放すように離した。
 ザビーネが何か言おうと口を開きかけたとき、焼き菓子の甘い香りが二人の鼻をくすぐった。自然と扉の方に目をやると、戸を軽く叩く音のあとに「入るわよ」と声がして、白い上品な皿を手にしたセシリーが姿を見せた。シーブックはその家庭的な姿にポーっと見とれた。
「あら、二人共座ってなかったの?」
 部屋を出る前に椅子をすすめたザビーネも立っていたので、不思議に思ったセシリーはそう聞いた。セシリーは特に返事を期待していたわけではないので、答えを待たずに机に皿を運んだ。
「ほら、お菓子焼けたし、座って座って。いま紅茶のおかわり持ってくるわね」
 そう言ってまた出て行ったセシリーのあとの扉をじっと眺めるシーブック。今度はすぐに戻ってくるだろう。
 視線をザビーネに向けると、目が合った。
 ザビーネは薄く笑うと、近くの椅子にゆったりと腰をおろした。それを見たシーブックも黙ってそばの椅子に座った。
「今は一時休戦といこうか」
「あぁ、せっかくのセシリーの菓子がマズくなっちまうしな」
 それから、シーブックはザビーネと目を合わそうとはしなかった。

 この日はセシリーが間にいたので大きな揉め事はなかったが、そう遠くない未来、新生クロスボーン・バンガードで力を合わせることとなった二人は、たびたび衝突したとかしていないとか。



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F91話後も、ザビさんはセシリーのとこで使用人っぽく仕えてたら楽しいなぁという願望。
表でパン売ってレジとかやってたら愉快。
2011.01.02

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