おはなし
□新聞配達話・後日談
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フロンティアWにある、いわゆる高級住宅街。中でもシャル家は抜き出て豪邸で、シーブックは何度来ても慣れなかった。住民であるザビーネの部屋だけは比較的シンプルなので、唯一腰を下ろせる場だ。それでも落ち着かないが。
シャル家はシーブックが担当する配達区域のひとつで、そこのご子息であるザビーネとは最近知り合ったばかりだが、まぁ仲良くしてもらっていた。仲良くどころか、高速で恋仲にまで発展している。ちなみにシーブックは、ザビーネの歳は2つ3つ上くらいだろうと思っていたが、実は7つも離れていたことを昨日知った。
早朝の新聞配達を終えたシーブックは、ザビーネの部屋で紅茶とお茶菓子の前にいた。それを、小さな正方形のテーブルにザビーネと向かい合わせで座り、穏やかに流れる時間と一緒に味わう。
前までは順番に配達していたが、最近はシャル家を最後にすることで少しだが時間を作り、こうしてお茶をすすりながら雑談をしている。
「そういえば…僕、小学生の頃からこの区域で配達してるけど、今までザビーネのこと見たことなかったなぁ」
菓子を取りながら、ふとシーブックはぼやいた。
ザビーネは持っていたティーカップを机に置くと、菓子がシーブックの口に運ばれていくのを眺めながら、彼を初めて見た日を思い出した。
「先々週くらいか…たまたま早くに目が覚めてな。すぐには寝付けなかったから、散歩でもしようと玄関に向かっているところで、窓からキミが見えて……」
ゆったりと話すザビーネの声を、シーブックは黙って聞いていた。聞きながら菓子を口に入れ、何度か噛んだら細かくなったので、それを紅茶と一緒に飲み込んだ。
「自分より年若い少年が早朝から働いていることに、なんだか衝撃を受けてな…それからキミが気になって、早起きするようになったのだよ」
いつのまにか見られていたことと、気にされていたことに妙なくすぐったさを感じたシーブックは、視線を落として菓子を見た。
当時の感情まで思い出したのか、ザビーネもはにかんだ笑みを浮かべている。
ザビーネは話を続けた。最初は見ているだけだったが、そのうち話をしてみたくなり、新聞の受け取りを口実にして近付いた。名前を知りたいと思うも、なかなかキッカケが見つからなかった。そしてあの雨の日は、タオルで拭くだけのつもりだったが、心地よさそうに目をつむっているシーブックを見たら、思わず額に口付けてしまった。
「あれは本当に焦った…せっかく近づけたのに、すべて水の泡になってしまったと思ったよ」
そう言ってザビーネは苦笑した。
シーブックは「あぁ」とそのときのことを思い出し、
「僕もびっくりしたなぁ。思わず固まっちゃったのを覚えてるよ」
と照れ笑いを浮かべた。
「あ、あと…」
他にも思い出したシーブックは視線をザビーネに向けた。
「雨の日、ザビーネがいないことがあってさ。僕、ザビーネは幽霊かもって思ってたから、雨の日は出ないものだと思ったんだ」
「幽霊…」
ザビーネはまた苦笑した。発想がなんとも愛らしいものだと、穏やかな気持ちになる。
そしてもうひとつ、苦笑した理由があった。
「あれはな…」
饒舌に話していたザビーネが言いにくそうに口ごもり、ついには目線をそらした。シーブックは不思議に思って首をかしげた。
ザビーネは窓際にある観葉植物を見ながら、
「まぁ…あれだ、寝坊したのだよ…」
徐々に小さくなっていく声で告げてから、口を片手で覆ってしまった。
その意外さに、シーブックは目を丸くした。ザビーネはしっかり者であるから、寝坊などしなさそうだという勝手なイメージがあったのと、寝坊を恥じて目をそらしてしまうとこなど、シーブックは可愛いと思った。
普段はかっこいいと憧れていたザビーネの意外と可愛い一面が見れて、シーブックは嬉しそうに笑う。
「ザビーネでもそういうこと、あるんだな」
シーブックがくすくすと笑うので、ザビーネはゆっくりと視線をそっちに戻した。楽し気に笑いながら菓子に手を伸ばすシーブックが見えて、そこに自分も手を伸ばし、その手をそっと掴んだ。
驚いたシーブックの動きが止まる。
「ザ、ザビーネ…?」
シーブックは動揺して、つまんだ菓子を落とした。
ザビーネはその手を自分の方へ引き寄せて、前のめりになったシーブックの唇に触れるだけのキスをした。
「!」
予想外の連続で、シーブックは顔を赤くして固まった。
「…だから」
ザビーネはあの日のように、シーブックの額に自分の額をコツリと合わせて、
「キミとこうして過ごせるようになれて、私は嬉しい」
シーブックの頬をそっと撫でる。
シーブックは恥ずかしくて何も言えない代わりに、自分からザビーネに口付けた。
その甘ったるい空気に乗って、ザビーネがシーブックの口内に深く進もうとした瞬間、
「あ」
というシーブックの声と共に止められてしまった。
「そろそろ時間だ。行かなきゃ」
言い終わる前に、ザビーネを押して彼から離れる。そして立ち上がって机を避けてドアまで向かい、ザビーネの横を通るときに「じゃあまた明日」と笑顔で手を振った。
その笑顔は可愛いものでザビーネはクラリときたが、せっかくのいいムードをあっさり流された虚しさの方が勝った為、その場に立ち尽くしてしばらく動けなかった。シーブックの見送りも忘れて、その笑顔が去って行った扉をただ見つめる。
玄関からだろうか、すれ違ったらしい執事に「お邪魔しました」と明るく言うシーブックの声を聞きながら、この上昇した熱をどう発散させればいいのだろうかとザビーネは悩んだとサ。
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出てこなかった日の理由は寝坊デシタ
ってのが言いたかったのと、
それを言いにくそうにするザビさんを書きたかっただけでした。
2011.01.17