イナイレ夢短編

□…俺らしくない。
1ページ/7ページ



――こんな感情、今まで知らなかったのに。


「ねー、ポーカーしようよ!」

飛亜咲路唯の元気な声が、騒がしい夜の食堂に大きく響く。
よく通る耳に心地良い美声に、俺は不覚にも数秒の間、聞き惚れてしまった。
はっと我に返ると、すでに彼女の周りにはたくさんの人が。

――いつだって、彼女は人気者。明るくて性格が良くて。多分、人を惹き付ける魅力を持っているのだろう。

だからこそみんな、彼女…飛亜咲さんのことを慕っている。まあ、俺みたいに例外もいるんだけど。

俺は、彼女が嫌いだ。

誰にでも優しくて、気が利いて、笑顔を絶やさない。

そんな彼女が、誰よりも嫌いだった。

人の心の内に入り込んできて、『これ以上来ないで』と張った仕切りの線を、軽々しく越えてくる。
それが、何よりも嫌だった。
恐れているのかもしれない。あんな調子で俺の心の闇を溶かしてしまいそうな、飛亜咲さんを。

ふいと彼女から視線を外し、くるりと踵を返して食べ終わったばかりの晩御飯が入っていた食器を配膳だなへと返しに行く。
ちらりと飛亜咲さんがこちらを見てきた気がするが、確認するのも面倒なので気のせいだと思うことにした。


お前、マネージャーの仕事はどうした?と鬼道君に問い詰められながらも、彼女は適当にごまかして人数分のトランプを配り始める。
…サボりか、はたまた許可を貰ってきたのか。他のマネージャーが彼女を呼びに来ないところをみると、後者が正解なのだろう。

気付かれないように小さくため息をついて、部屋に戻ろうとする。すると、先程までみんなに向いていた彼女の声は、今度は俺の背に向かって飛んできた。

「基山君は?ポーカー。一緒にやろうよ」

…やめてよ。そういう気の利いた優しさが嫌いなんだ。自分のことで手一杯な俺に、余裕を見せつけないでよ。こんな小さなことで意地になる自分が馬鹿らしくなるじゃないか…。

「…俺はいいよ。もう部屋に戻るから」

なるべく柔らかな口調で、彼らの気を悪くさせないようにそう返事をする。
苛立ちを隠せない今の俺にできる精一杯の微笑を、顔面に張り付けながら。

「そう?なら、仕方ないか。んじゃ、おやすみ〜」

…いくら俺がそう言ったからって、それを鵜呑みにするなんて、単純すぎるんじゃないか。
…そういうところも、大嫌いだ。俺の本当の気持ちにも気付かないくせに、閉ざした心の内に入って来ようとしないでよ。

彼女のそばにいると、どうしようもないくらい苛々が募っていく。
…こんな自分、嫌だ。

俺に、近付かないでよ。
俺を、気にかけないで。
俺のことなんて、放っておいてよ…。

…だめだ。彼女に翻弄されっぱなしになっている。

…それでも、嫌いなら、彼女のことなんて考えなければいいのに。
話しかけられても、無視すればいいのに。
……それが、できない。

もう…何なんだ、この気持ち。
胸の中を内側から掻き乱されるみたいな、この落ち着かない感覚。
いっそ嫌いなら嫌いとはっきり言ってしまえば、彼女ももう俺に構ってこないだろうに。

…けれど、それを寂しいと思う自分がいる。

自分自身ですらも分からない心に不安を覚えながら、俺は宿舎の二階の自分の部屋へと足を進めた。



_
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ