イナイレ夢短編

□どうか、叶えて。
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この学校は、狂っている。

少なくとも、尋常ではない。

神のアクアなんて、馬鹿げている。

そう思わずにはいられない。
だって私は、普通の人間だから…。







「飛亜咲さん」
「…はい。なんでしょうか」

金にも酷似したクリーム色の長髪に、黒と緋の混ざった綺麗な瞳。耳に心地良い声は、それだけで私の鼓膜を犯す。

世宇子中サッカー部のキャプテン・亜風炉照美。通称アフロディである。

私は無表情で返した。声に感情を持たせないように気をつけながら。

「…監督が呼んでいたよ。…また、神のアクアが入った瓶をいくつか割ったんだって?」

くすりと、彼はまるで私を哀れむかのように苦笑をする。余計なお世話だ。瓶を割ったことの何が悪いというのだ。

サッカー部を正しい道に導くためなら、私は何度でも神のアクアを使い物にならなくしてやる。

「……アフロディさんには関係ありません。失礼します」

「っ、待って!」

アフロディは、歩き出した私の腕を掴み、私を呼び止める。

…並にいる女よりも綺麗で女性らしい顔をしているくせに、力は強い。
…やはりどんなに美人であっても、彼は男の子なのだと再確認をした。

「…なんですか。私は行かなければならないんです。離してください」

「…どうしていつも、自分から怒られるようなことをするんだい?」

アフロディは悲しげな瞳で私にそう問いかける。不憫だとでも言いたいのだろうか。
それとも、神のアクアを割ったことを怒っているのだろうか。

…どっちでもいい。私には関係ない。

彼が私をどう思おうと、知ったことではない。私は、私が正しいと思った通りに進むだけだ。

「…別に。放っておいてください」
「放っておけないから、言ってるんだよ」

いつになく真剣なアフロディの目に、私は気圧されそうになる。けれど、はっと我に返って、彼に問い返す。

「どうしてですか?監督の邪魔をする私のことは嫌いでしょう?それなら、無視でも何でも…」

そこまで言った私の言葉を遮るように、アフロディは声を荒げる。

「嫌いなんかじゃない!僕は、君が好きなんだ!」
「……は…?」

突然の告白に、私は間の抜けた声しか出せなかった。まさか、好きだなんて言ってくるとは思わなくて、暫しの間、私の思考回路は停止する。

そんな私を真剣に見つめてくるアフロディ。
その視線を受け、やっと私の頭は回転し始めた。

「…な、んで…」
「…自分を強く持っていて、自分の意志を…考えを貫き通そうとする。そんな君を、ずっと見てきた。…憧れてきた」

切なげに目を細めるアフロディに、私は何も言えなくなってしまう。ぎゅっ…と、胸が締め付けられるように痛くなる。
こんな感覚は…知らない。

「君が批判されるなんて、僕は嫌なんだ。でも、いつもいつも、君は自分を苦しめる。それでも、自分を貫こうとする。そんな君を見ていられるのは嬉しい。けれど…それ以上に、辛いんだ」

私の肩を掴んで、自分のことでもないのに、アフロディはその綺麗な顔を歪め、泣きそうになりながらも必死にそう語る。

トクン、と、胸がそんな音をたてた気がした。

けれど私は、この胸の高鳴りの名前を知らない。

「…私がどう生きるかなんて、アフロディさんには関係ありません。例え批判をされようと、私は変わりません。あなたの言い分は、ただのエゴでしょう」

心に小さく巣くった嫌味が口をつく。
本当は、ありがとうと言いたいはずなのに。

「…そうかもしれない。だけど、僕は君が傷付く姿を見たくはない」

傷付く…?私が…?

そんなの、あり得ない。
そんなはずはない。

だって、私は……望んで、この道を……

「いつだって君は、一人で苦しみを抱え込んでいる。今だって、ほら……泣いているじゃないか」

そう言われて初めて、私は自分の頬に伝う暖かいものに気付く。

「君が僕を嫌うのなら、もう近付きはしないよ。けれど、そうじゃないのなら…」

唐突に、アフロディは私の身体を引き寄せてきた。久しぶりに感じた人肌と意外な彼の肩の広さに、私は焦りながら驚く。

「な…!」
「…君を、守りたい。ただ、君の…支えになりたいんだ…」

今にも消え入りそうな声が、私の心の奥へすとんと落ちてくる。

私は、彼の優しさに甘えた。




――きっと私は、今までと変わらずに。

これからもこの不条理な世界に、抗い続けるだろう。

けれど、叶うことなら……。

今まで一度だって必要としなかった『神』という存在に、私は願いをかけた。

彼も、アフロディも一緒に。
傍に、隣にいて欲しい。

ただ、それだけを……。




(彼女を守る力が欲しいと、)
(いるはずのない神に、僕は強く願った)


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