Love111

□焦がれる
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「すみません,やっぱり俺…今はテニスが大事です。恋先輩のことを一番には考えられないみたいッス。」


最愛と思っていた恋人から重い一片の言葉が零れ落ちた。


「ん,そっか。じゃあ仕方ないよね。」


けれども,私の口から紡がれたのは案外軽過ぎるもので。
自分自身に驚愕したのも事実。



涙は出なかった。



涙なんて枯れてしまった,とかよくある小説の悲劇の主人公みたいなものではなくて。
ただ本当に,何故か分からないけれど頬を濡らすソレは出てこなかったんだ。
「終わってしまったんだ。」という思いと悲しい感情はあるものの,涙の欠片も出なかったことに,もしかして私はそこまで彼が好きじゃなかったのかもしれない。なんて薄情なことを思い浮かべてしまう。

芥子色のジャージを翻して小さくなって行く背中を見つめては,空っぽになってしまった心の中を埋めるようにそこから退散した。






空はムカツク程に青かった。





* * *


「へぇ,振られたんだ。」


青すぎる空の下。
憎たらしい口調で私を哂うのは空よりも青い髪を靡かせた幼馴染である幸村。


「へぇ,って何よ。へぇって。相変わらずムカツク反応ね幸村。」


まさにドヤ顔と呼ばれるその表情をした幸村に心底イラつく。
人が失恋したというのに慰めもせずドヤ顔とは,一体どういう神経をしているのだろう?
その女子顔負けな美形顔にストレートパンチをぶち込んでやりたくなるわ!!
ってそんなことは置いといて。

そう,私は昨日失恋したのだ。
1年と2ヶ月とまあまあの期間付き合っていた切原赤也という後輩に,テニスの方が大事だからと綺麗に振られたのである。


「だって事実だろ?それに,わりと元気そうじゃないか。」


鼻で笑う幸村に殴りたくなる気持ちが高まったが,必死に抑え込む。
元気,ね。よく言えるよ。
泣いてないとはいえ,傷ついてない訳じゃないんだから。
1年弱も大切に想って来た彼氏に振られた(しかも理由は“テニスの方が大事”だから。)のだから,それなりに弱ってはいるんだ。少しは気遣えこの魔王めが。
…なんて心中で悪態付いていたのが顔に出ていたのか,次に見た幸村はこれでもかという程に黒い笑みを浮かべていて。
あー…,今の。出来れば見なかったことにしたいな。


「人の顔ガン見しないでくれる?」
「ソレハドーモ,スミマセンデシタネ。」


今のは見事なまでに完璧な棒読みだったと言えよう。
我ながら素晴らしいと思うわ。


「謝って無いだろそれ。」


目,目が笑っていないですよ幸村…!!!
その黒い笑み本当にやめて,怖い。
まぁでも,これにも慣れたの,かな?
伊達に幼馴染やってないしね。


「聞いてるの,恋?」


わーお,幸村君,そんな顔したらせっかくの美人が台無しだよ…。
相手がただの幼馴染でよかったね,うん。


「ん?ああうん。聞いてる聞いてる。」


勿論全然聞いてない。
何言ったのか全然分かってない。
だってさっきまで色々考え事してたんだからね。幸村が魔王だとか魔王だとか魔王だとか…。
あ,嘘ですごめんなさい。
だからそんな顔して睨まないでよ幸村。いくら慣れたとは言え,やっぱり怖いから。


「嘘だ。絶対に聞いてなかったね。何,恋の耳は飾りなのかな?」
「うっ…、」


やっぱり魔王に嘘は通用しなかったようだ。
真っ黒笑みが嫌なほどキラキラと輝いている。
あーもうなんかやんなるなぁ。
昔は幸村も可愛かったのに。
「恋ちゃーん」なんて言って私のこと追っかけてきた小さい頃の幸村はヒヨコみたいに可愛かったのに。
なんでこんな魔王なんかになっちゃっ…


「ふふ,魔王で悪かったね恋。」


にっこり。
素敵な真っ黒スマイルがとてつもないオーラを放った。


「すすすすすみませんでした幸村様!!!」


え,何。何なの。
私の幼馴染の幸村君はいつの間に人の心を読めるようになったの。
アレですか,読心術と言うヤツですか。
何だかよく分からないけれど,とりあえず,恐縮だ。





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