Love111

□追いかける
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「ねぇ,君…恋ちゃんって言うんでしょ?」


血塗れになった私に手を差し出す綺麗な琥珀色の瞳のおとこのひと。

黒いスーツに身を包んだ彼の周りを取り囲むのは同じような空気を纏ったスーツの人達。
優しさの色を含んだ瞳を持つ彼には似合わない集団だな,なんて呑気なことを考えながらゆっくりと空を仰いだわたし。


「…無視なの?」


あまりにも,その人は悲しそうにしてわたしを見るものだから。


「恋であってる。…こんな人殺しになんのようですか。」


あかいろで汚れてしまった手を空に翳して,涙で滲み始めた世界を隠した。

ああ,とうとう終わりかな。私の“生”も。


殺し屋の家に生まれてしまった私は,表の世界に出られる事なんてなくって。
幼い頃から,盗みやクスリ。コロシ。
なんでも悪いこと,沢山教わって育って来た。

もう,そういった汚いことをしないと生きていけなくって。
いつの間にか裏の血みどろな世界で,人を蹴落として生きるしか道が無くなっていた私。

いつかは来ると思っていたけれど。
まさかこんなに早く来るなんて。






(サツ(警察)に見つかってしまうなんて。)





「捕まえるならどうぞご自由に。」


もう逃げられないから。
仕方が無いと諦めて,私は両手を差し出した。
きっとこの赤くなった手首に今から枷が掛けられるのだろう。
そのあとはどうなるんだろうか。
思い付いては消える不安達が頭の中をぐるぐると回っていく。
ああ,やだな。これから地獄か。

今までしてきたことを考えれば当然の末路だろうけれど,私だって好んで進んだ道じゃない。
出来ることなら私と同じ年頃の女の子と同じように女子高生気取って学校に通って,恋もしたかったし。
それなりに普通な人生味わいたかったけど。


けど,私の生まれたところは殺し屋というその罪を背負った場所。
普通になんて,なれるはずがなかった。

そんなことを,考えていたとき。


「あはは,何ソレ。恋ちゃん。もしかして俺等のことサツだと思ってる?」


急に,そのひとは笑い出した。
挙句の果てにはサツだと思ってる?って。
思ってなきゃ言わないでしょ普通。
え....違うの?


「あーもう楽しいなあ。俺ね。沢田綱吉って言って,巨大マフィアボンゴレファミリーのボスなんだ。」


ニコニコしながら言う彼に大きく開かれる目。
巨大マフィア、ぼんごれ?
え,ボンゴレって,あのボンゴレ?
裏社会の住人なら誰もが耳にした事のあるあのボンゴレファミリーですって?
しかも…ボス?!


「俺ね。君の事をボンゴレに勧誘しに来たんだ。」


差し出した私の両手をふわりと握った彼の暖かな手。
やんわりと微笑んだ彼の表情に,心に掛かったヴェールがはらりと落ちた気がして。



あの頃から,私の時間ときは止まったまま。



* * *


「恋ちゃーん?」


私の名を呼んだ,憎たらしくて,それでもって愛しい声。

何度も何度も聞いてきたその声は,男にしてはちょっと高めで,でも心地よいテノール。
よく知れば知るほど喰えない男で,第一印象と違いすぎてびっくりしたのを今でも覚えている。
どうしてこんなにも愛しく思えてしまうのかが不思議で不思議で。


「なんでしょうか,ボス。」


振り向いた先に立っていた先程の声の持ち主─…私の…もとい,ボンゴレファミリーのボスを見やる。


「ボスじゃなくて綱吉でいいて言ってるだろ?」
「そういう訳にはいきません。上司にあたる…ましてや組織の頂点に君臨する方を下の名で呼び捨てにするなんて許される訳がないでしょう。」


何度も聞きなれた台詞に,何度も言ってきた台詞で返す。
別に特別な関係って訳じゃないのだし,自分の所属する組織のボスを名前で呼び捨てるなんてそんな大それたことするほど私はバカじゃない。

…このボスはそのバカをやってほしいようなのだけど。


「いいじゃん。俺と恋ちゃんの仲じゃん。」
「いや,どんな仲なのでしょうか。」


嫌に真剣な瞳をして私を見てくるもんだから,なんだか気恥ずかしくなってしまう。
熱くなり出した頬を隠すように背を向け背中越しに声を絞り出す。


「よ,用がないのでしたら,この後のスケージュールもありますし,さっさと失礼したいのですが。」
「はは,恋ちゃんは相変わらずツンデレだね。大丈夫,俺はツンデレもクーデレも寧ろデレデレも守備範囲だよ。」


にへらっと笑って魅せるボスにちょっとだけ心が浮く。
ぷかぷかとした落ち着かない心,息。


「なんだか守備範囲広くないですか,ボス。」


折角後ろ向いて赤みの差した頬を隠そうと思っていたのに,意味がないほど声が震えて。

こんなにも,あなたを前にしてドキドキしている私が居る。


「え,なんか突っ込み所違くない?」
「じゃあどう突っ込めと?」
「例えばそれじゃあ私が守備範囲に入ってるみたいじゃないですか、とか。」


余裕そうな表情で,そういうことをさらりというもんだから。
赤くなってしまった頬は全然冷えてくれなくて。
寧ろ燃えてる?


「…,仕事戻ります。」


もうどうしようもないから,仕方無しに仕事を理由にボスから離れて歩き出そうとする。
これ以上一緒に居たらどうにかなってしまいそうだよ。

(想いを伝えてしまいそうで怖い)

私はまだ,ボンゴレの幹部でもなくって,下の下の位置だから。
私はまだ,ボスの隣に相応しい位置に居ないから。

今の私でボスの隣を歩くことなんて,許されないから。
(彼の立場を下げてしまうだけでしょう?)

だって今の私はただの貴方の部下に過ぎないもの。


「あ,待って恋ちゃん。」


ぎゅっと掴まれた手首に眉を寄せながら振り向けば,

不意打ち。

耳元で優しく囁かれた。


「髪,切ったんだ…。可愛いよ。俺そういう髪型好き。」
「ッ…!!ぼ、ボスも早く仕事に戻ってください!!獄寺さんが心配しますよ!」
「はいはい。」


へらへらと笑って私の手首を離し踵を返したボス。
黒いマントを翻してゆったりと歩く彼の大きな背中が瞳に焼き付いて離れなくて。


「…ズルイ,です。」


不意打ちなんて,ズル過ぎる。
まだ煩い鼓動を頭の隅に追いやって,揺れるマントを目で追う。


「待っててください。」


きっとボスの隣に立てるように,頑張るから。



「好きです…ボス。」



この想いを伝えられるほど,誇りある存在になってみせるから。




002.

(いつかきっと追いついてみせる)



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君の隣に立てるように。
相応しい存在になるから。

ツナ22歳,ヒロイン18歳設定でした。

2011/07/30 莉間

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