Short&Middle

□空中庭園〜SCEPX・序章〜
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「空中庭園?」
「ああ。何でもトチ狂った金持ちが、どこかの科学組織に依頼したんだと」

 時は、数分前に遡る。


 エマヌエルが日銭稼ぎ代わりに無免のハンター――賞金稼ぎの俗称――をやるようになって、もう随分経った。

 今日も、いつものように賞金首を引っ立てて近くの警察署を訪れたのだが、そこに今日に限ってたまたま会いたくない人物が出向して来ていた。

『何だよ。何度言われてもSTFには入らないぜ』
『まぁ、そう言うなよ。それに、今日はSTFの勧誘目的で声を掛けた訳じゃない』

 ちなみにSTFというのは、『Synthetic Task Force』の略称で、国際連邦捜査局(CUIO)傘下にあるスィンセティックと呼ばれる生体合成兵器に関連するトラブル専門の部署だ。スィンセティック達の生みの親たるマッドサイエンティストに反旗を翻した動物ベースのスィンセティック――通称フィアスティック――の乱で、悪事に手を染めた科学者の殆どは自らが生み出した狂科学の落とし子達に引導を渡される羽目になった。生き残った者達も、自分が望むと望まざるとに関わらず現在服役中か、裁判の真っ直中にある。
 しかし、運良く討ち洩らされ姿を眩ました者も、中には存在する。
 エマヌエルは、科学者の残党を追う傍ら、自分の生活の為に無免のハンターとして日銭を稼いでいた。フィアスティックの反乱――俗に言うフィアスティック・リベルのドサクサで自分の戦闘能力に目を付けたらしいCUIOは、顔を見ればSTFにメンバーとして加わらないかと勧誘して来たが、エマヌエルは決して首を縦に振らなかった。

 今、目の前にいる男――ウィルヘルムもそうした人間の一人だったが、彼個人としてはエマヌエルをSTFに引き入れるのは既に諦めているらしい。
 だが、結局はCUIOの仕事の得になるという理由で、科学者の残党に関する情報が入るとさりげなくエマヌエルの耳へ入れてくれるのは、正直有り難かった。尤も、エマヌエルとしても彼らを体よく利用しているつもりだったので、礼を言った事はないが。


「――で、その空中庭園が奴らの行方と何の関係があるんだよ」
 『奴ら』という部分に、醒めた、それでいて底なしの憎悪の色が潜んでいる事に、エマヌエル本人は気付いていまい。
 ウィルヘルムは、胸の内でそっと息を吐きながら、エマヌエルに向かって資料を放った。
「空中庭園の創設者はそいつ。ボトヴィット=アスプルンド。フィアスティック・リベルの後から北の大陸で勢力伸ばし始めた実業家らしい」
 投げ寄越された資料には、アスプルンドと思しき中年男性の顔写真が貼り付けられている。道楽にはあまり興味のなさそうな細面で冷たい目をした男だ。

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