Short&Middle

□Rhapsody in dress〜序章〜
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「……おい、ウィル。何だ、こりゃ」

 ウィルヘルムの鼻先一センチの距離にズイと突き付けられたのは、一通の偽造招待状だった。


 来(きた)る三日後に東の大陸在所のとある屋敷でパーティーが開かれる。
 表向きは現在の世界三大富豪の一人であるミスター・スミス主催のカクテルパーティーだ。しかしその実体は、無害なパーティーを隠れ蓑にした裏競売の現場である。

 競売に出品される予定の主な商品は、フィアスティック・リベル後、今や世界で最も有名になった生体合成兵器『スィンセティック』。

 現在、CUIO(国際連邦捜査局)東の大陸アーヴァリー地区支部で検死官をやっているウィルヘルムは、警察関係者のツテから招待状を手に入れた。裏競売の情報を横流しした相手は、彼の目の前で偽造招待状を手に、その整った顔をこれ以上ないくらい不機嫌に歪ませているエマヌエル=アルバだ。
 頭髪は極上の黒真珠を思わせる色合いの漆黒で、肩胛骨の間辺りまで無造作に伸び、うなじよりも高い位置で括ってある。恐ろしく整った容貌の中で、海中から水面を透かし見たような群青色をした瞳が、表情に負けないくらい不機嫌な色を帯びていた。
 もしも流行のドレスでも着てにっこり笑って佇んでいれば、十中八九女性で通る顔形をしているが、立派な少年である。残念ながら、彼が今そのしなやかな身体に纏っているのはドレスではなく、黒いレザージャケットの下に白いシャツと、下半身にはやはりレザー地のパンツだが。しかし、そんな出で立ちを差し引いても、同じ年頃の少年と比べると遙かに華奢な体つきが女性めいた容姿に追い打ちを掛けている。
 そのエマヌエル少年は、今、ウィルヘルムの仕事机に腰掛け、これまた少年のものとは思えないような細く長い指先に摘んだ偽造招待状をウィルヘルムの鼻先にヒラつかせていた。

「何って……偽造招待状だろ、お前に頼まれた」
「確かに頼んだよ、裏競売に潜り込むからな。でも、俺が訊いてるポイントはそこじゃねぇ」
 十六歳の少年のものにしては些か高い声が、今は低く地を這いずっている。目を伏せてヒクヒクと口元を震わせたエマヌエルは、遂に堪忍袋の尾を切ったとでも言いたげに、招待状ごと勢いよく机に掌を叩き付けた。

「何で、招待客の名前が女の名前なんだよっっ!!」

 机の表面をぶち抜きそうな勢いで振り下ろされた掌の下で無惨に歪んだ招待状に書かれた宛名――勿論偽名だ――は、『メイベル=デクスター』。エマヌエルの言う通り、どう引っ繰り返しても女性名にしか見えない代物だ。しかし、半ば鬼気迫る勢いで怒鳴り散らす少年に、ウィルヘルムはビクともせずにしれっと言い放った。

「お前がドレス着れば済む話だろう」

 もし同じ室内にウィルヘルム以外に人がいたら、何かが切れる音が聞こえたかも知れないが、生憎エマヌエルの前には滅多な事では動じない朴念仁が一人座っているだけだ。
「着てどーすンだよ、バレるだろ絶対!!」
「あらぁ、あたしバレない方に100万賭けてもいいわよ」
 するだけ無駄と思われる抗議の合間に、ウィルヘルムとは別の声が滑り込んでくる。
 反射的に振り向けた視線の先にいたのは、強いウェーブの掛かった長い亜麻色の髪をうなじより上で無造作に束ねた女性だった。褐色の肌が印象的な彼女の比較的凡庸な顔立ちの中で、薄茶色の瞳が楽しげに笑っている。
「じゃあ、俺は200万だな」
 ウィルヘルムが面白がるように、更に火に油を注ぐような事を言う。
「バレる方に?」
「いんや、バレない方に」
「それじゃ賭けになんないじゃないの」
「……いくらマレナさんでも、それ以上言いやがったらしばきますよ?」
 ひたすら温度の下がり続ける声音で凄むと、マレナと呼ばれた女性は、『おお、怖』と言いながら別室へ去って行った。どうやら別の用事があってたまたまこの部屋が通過地点だったらしい。

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