Short&Middle

□Tram Action(トラム・アクション)
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「全員、大人しくしろ! 手を挙げて携帯端末と武器をこっちへ寄越せ!」

 何でこんなことになってるんだろう。
 エマヌエルは脳裏で呟きながら、小さく溜息を吐いた。
 自分は明らかに民間向けの、普通の電車に乗っていた筈だ。しかも、真っ昼間のローカル線。外から見れば、長閑な田園風景の中を、八両編成の小さなリニアモーターカーが走っているだけの光景に見えるに違いない。
 だのに、その内部では何故か、お一人様一丁ずつサブ・マシンガンを装備済みのチンピラが、大音量で押し込み強盗としか思えないセリフを撒き散らしている。
 総勢六名で踏み込んで来た内の四名が、素早く二人ずつそれぞれ両隣の車両へ走るのが見えた。すぐ両脇の車両なら、チンピラの頭と思われる男が今発した声が聞こえた筈だ。それを聞いた乗客に、外部へ連絡されるのを防ぐ為だろう。
「お前もだ。携帯端末と武器を持ってたらこっちへ寄越せ」
 踏み込んだ車両に残った内の一人が、エマヌエルの側頭部を銃口で小突いた。スキンヘッドにサングラスの組み合わせは、いかにも『私チンピラ代表でございます』と言っているようなものだ。
「……その前に、知り合いにメールさせて貰ってもいいか? 次の駅で待ち合わせしてるんだ。遅れたら相手が心配するし」
 普通の人間なら青くなって携帯端末を差し出す手も震えるに違いない状況下だ。実際、他の乗客――前から四両目のこの車両に乗っているのは、今目の前にいる相手を除いて全部で五人――は、皆例に漏れなかった。しかし、十代半ばに見える、可憐な少女のように端正な容貌を持った相手は、顔色も変えない。
 スキンヘッドは瞬間呆気に取られたようだが、すぐに自分を取り戻したのだろう。
「許可すると思うか! いいからさっさと寄越せ!」
 と、トレイン・ジャックをやらかしている立場上は、至極まっとうな一喝が返って来る。
 まあ、最初から許可が下りるとは思わなかったけどな。
 エマヌエルは、内心で呟いて小さく肩を竦めると、持っていた携帯端末を大人しく手渡す。
「銃も出せ」
「オレの年で持ってると思うか?」
「じゃあ、脇の下の膨らみは何だ」
 脇腹を銃口で突つかれても、やはりその深い群青色の瞳は動揺一つ見せない。
「意外と観察力あるのな」
 寧ろ、どこか感心したかのように、薄く引き締まった唇の端を吊り上げる。
「つべこべ言わずに出せ。死体にされたいか」
「へーへー」
 いっそ横柄とも取れる態度で、今度は大仰に肩を竦めると、懐へ手を突っ込む。脇下に下げていたホルスターから拳銃を抜き出すと、器用にクルリと回転させて自分は銃身を握り、グリップの方を相手に向けて差し出した。
 ここまでのやり取りで、エマヌエルが普通の十代とはどこか勝手が違うことには気付いても良さそうなものだが、そこまでの観察眼はスキンヘッドにはなかったらしい。乱暴な手つきで銃を取り上げると、さっさと仲間の元へ戻って行った。
「この車両はこれで全部か?」
 エマヌエルのみならず、他の乗客からも奪った携帯端末や武器(主には拳銃)を無造作に一つの袋へ纏めると、袋を持った男がスキンヘッドに問うた。
 先刻、車内へ踏み込み様、脅し文句を吐いた男だ。
「ああ」
「いたか?」
「いや、ここにはいないようだ」
(何か、探してるってことか?)
 否、『何か』ではない。『いない』という言葉を使ったことから推察すると、『誰か』だ。
 標的は自分だろうかという考えが、一瞬頭を掠める。彼ほどの容姿を持っていると、その可能性も全くないではない。それを口に出した瞬間、『ナルシスト』というツッコミと共に後ろ指を指されそうだが、エマヌエル自身には自分の容姿が類稀なほど整っているという自覚はなかった。だから、標的は自分かと考えた理由は他にある。けれど、エマヌエルはすぐにそれを打ち消した。

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