Short&Middle

□見える位置のキスマーク
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「っエマ――――!!」
 珍しく気配を絶つことも足音を殺すことも忘れて部屋へ駆け込んで来たヴァルカに、エマヌエルと、彼と話をしていたウィルヘルムは、揃って目を丸くした。ついでに言えば、勢いよく開けられたドアは、蝶番が外れて吹っ飛びそうだ。
「何」
「何、じゃない! こっちのセリフよ、何これ!!」
「……何、って」
 彼女が示したのは、彼女自身の胸元だ。
「言いたかないけど、……タトゥー?」
 製造ナンバーとはっきり言うのは躊躇われて、見て文字通りを口に乗せる。エマヌエルの右肩背部にも刻まれている、忌まわしい刻印。その刻印が彼女の場合は、右の乳房の結構際どいとろにある。誰が位置を決めるのかは知らないが、いい趣味過ぎて今のエマヌエルとしては泣けてくるところだが。
 しかし、彼女の言わんとするところは別にあったらしい。
「何すっとぼけてんのよ、あたしが言ってるのは、……そ、その…っ」
「……ああ、もしかしてキスマー「バカ!」
 罵声と共に銃声が轟いて、銃弾が飛んで来た。避けたつもりが僅かに避け切れなかったのか、一拍遅れてエマヌエルの滑らかな頬に赤い筋が走る。
 弾丸の方は、たった今までウィルヘルムが座っていた椅子の背凭れにめり込んでいる。座っていた本人はと言えば、逸早く危険を察知したのか、早々に机の陰へ避難していたようだ。
 真っ赤になって肩をいからせたヴァルカの手には、当然ながら硝煙の立ち上る銃が握られている。いつもながら、いつの間に抜いたのかが判らない。
 その彼女の、襟元が大きく開いた着衣から覗く胸元には、ヒューマノティックの証であるタトゥーが僅かに見えてはいたが、艶めかしく散った赤い痕の方が遙かに目を引いた。
「け、今朝、出勤して指摘された時の恥ずかしさったら……それで死ねるかと思ったわよ!!」
「……俺でなかったら、あんたの抗議で死んでるとこだな」
 その前に、身支度の時に鏡くらい見ないのか、と突っ込むより先に、
「すまん。ちょっといいか」
 と、机の陰に引っ込んでいた、ウィルヘルムが口を挟んだ。
「痴話喧嘩なら寝室で済ませて来てくれ。普通の男女のそれならまだしも、ヒューマノティックにここで本気で取っ組み合われたら無関係のおれが死ぬ」
 意訳すると、『人間兵器の喧嘩に一般人を巻き込むな』といったところか。
 普段のエマヌエルなら、兵器扱いされると怒り狂うところだ。いや、それよりもそんなことを大真面目で言うなと突っ込みたい。しかし、兵器かどうかはさて置いて、確かにこのままだと彼を巻き込み兼ねないのは理解した。
 表に出よう、とまるでチンピラの果たし合いのようなセリフを吐きかけて、珍しく彼の整った容貌が凍り付いた。

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