Short&Middle

□絡み上戸と忘れたいもの
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「なぁ、あんたさぁ、女って自覚あんの?」
「え、ちょ、何……」
「そーんなに胸元はだけちゃってさぁー、寒くね?」
「ちょ、ちょっとエマ、あんた正気!?」
「あー、正気だぜ、この上ないくらい」

 絶対に正気じゃない。
 なし崩し的にエマヌエルに壁際へ追い詰められたヴァルカと、それをやや離れたところで眺めているウィルヘルムは、時を等しくして同じことを思った。
 ことの起こりは何であったか、詳細には判らない。
 とにかく、エマヌエルをふと一人にした間に、それは起きたらしい。
 気付けば、ダイニングで一見素面に見えるエマヌエルと、その横にあるテーブルの上には、全体の四分の一ほどに中身が減った酒瓶が仲良く鎮座していたのだ。
 酒の種類は、その辺のコンビニエンスストアで手に入る、そこそこリーズナブルなお値段の赤ワインだ。質の点では、特別極上とか、その反対、という訳ではない。ごくごく普通の酒である。アルコール度数も、多分そんなに高いという訳ではないだろう。だが、飲んだ量が問題だ。

「おい、エマ。これ、一人で飲んだのか?」
「ああ? 俺以外に誰が飲むんだよ」
 一応確認、とばかりに、声を掛けるウィルヘルムに、エマヌエルが若干据わった目をしてそちらを振り返る。
 戦闘態勢に入ったと言わんばかりの目で射竦められて、ウィルヘルムは気持ち半歩後退った。
 『一人で飲んだのか』という問いに対して、『自分以外に飲む者はいない』という些かズレた返答をする辺りが、もう素面ではないことを如実に証明していた。
 パッと見、普通に見えるのだ。顔色を全く変えずにこれだけ飲めるというのは底なし、と言えなくもないが、ウィルヘルムを見据える深い青の瞳はよく見れば微かに潤んでいる。
 元々の女性めいた容姿と相俟って、相手が男だと承知していなければ、グラッと来そうな艶めかしさだった。
 それ以上言葉を発しないウィルヘルムに興味を失ったのか、エマヌエルは自分の腕の中と壁で閉じこめたヴァルカの方へ向き直る。
「エ、エマ?」
「なぁ、キスしてい?」
「はぁ!?」
 ヴァルカが、珍しく悲鳴に近い間抜けな声を出し、ウィルヘルムも手にしていた酒瓶を危うく落としそうになる。
 今、何テイッタ?
 と訊き返したいが、ヴァルカもウィルヘルムも、陸に打ち上げられた魚よろしく、口をパクパクとさせるだけで、言葉が出て来ない。
 おかしい。絶対におかしい。十中八九アルコールが入った所為だろうが、でなければ、あのエマヌエルの口からそもそも『キス』だなんて単語が落ちる訳がない。
 完全に思考がフリーズした二人を置き去りに、エマヌエルがヴァルカの顔に自分のそれを近付けて傾ける。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
「何」
 我に返ったヴァルカが辛うじて待ったを掛けるが、エマヌエルは、面白くない、と言った表情を隠さない。
「ね、あんた今、ちょっと理性がぶっ飛んでるのよ。もう休んだら?」
「じゃあ、一緒にベッド行くか」
 素面の状態の彼の顔には、絶対に浮かぶことのない満面の笑み。
 それは、容姿が整い過ぎているだけに、ひどく綺麗だった。何もない時なら、ただただ見惚れただろうが、今この瞬間においては、台詞の内容も相俟って、ひたすら怪しいものでしかない。

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