Short&Middle

□Black fool
1ページ/3ページ

「今日、あたしプロポーズされたんだけど」
 終業後、エマヌエルが宿泊している(というより軟禁されていると言った方が正しい)ホテルに顔を出したヴァルカが、また唐突にそんなことを言った。
「へえ」
 まだそんな物好きがいるのかと、エマヌエルは、気にも留めずにサラリと受け流した。
 時折、ヴァルカを見かけ通りの女性――つまり、CUIO勤務とはいえ、極めて端麗な容姿を持つ『普通の』女性だと勘違いした男性が、勢い余って交際を申し込んできたり、求婚してきたりはよくある話だ。
 つい先日、彼女を運命の女性と見定めた、頭の中身は空っぽのクセに悪知恵だけが回るヒューマノティックの生き残りが、ストーカー紛いなことをやらかしたのは記憶に新しいところだが、あんなのはごく稀な例だ。尤も、あんなことがそう頻繁にあっては、こちらの身が持たないとエマヌエルは密かに思ったものだ。何せ、その一件で、エマヌエルは重傷を負った挙げ句、危険スィンセティックに指定されてしまったのだ。
 その件は未だに解決していないし、危険スィンセティック指定も解除されていない。殆ど言い掛かりというか濡れ衣もいいところだが、そんな訳で、かれこれ一ヶ月半もエマヌエルは軟禁状態だった。
 とは言え、いくら卓越した戦闘能力を持っているとしても、所詮『普通の人間』の見張りなど、スィンセティックであるエマヌエルにとってはあってないようなものだ。その件で負った傷も癒えた今、逃げようと思えばいつでも逃げられるが、そういうことをすると、後が面倒になる。
 傷が完治し、病院からCUIO直轄のホテルに移ったエマヌエルは、はっきり言って暇を持て余していた。
 そこへ、いつものように顔を出したヴァルカが放ったのが、先程のセリフだ。
 しかし、彼女がプロポーズされたの横恋慕されたのと言って、いちいち目くじらを立てていたのではキリがない。第一、彼女は承諾しないに決まっている。
 と思っていた次の瞬間、予想外の言葉が彼女の口から飛び出した。
「受けようと思ってるんだ」
「ふーん……」
 受けるんだー、と、言葉の意味を租借して、エマヌエルはその青の瞳を見開いた。
「……今何つった?」
「だから、その人と結婚しようと思って」
 嘘だろ? と思ったが、開いた口が塞がらない。
 だが、「俺って男がありながら、何考えてるんだ!」などと怒鳴り散らすのも柄じゃない。そもそも、柄じゃないことは最近、例のスィンセティック・ストーカーの一件の時に散々やらかしたので、暫くは遠慮したかった。
「……相手、誰なんだ?」
 頭の中が程良く真っ白になった頃、ようやく口から出たのは、心にもないセリフ。
 相手なんてどうでもいいじゃないか。何で断らなかったのか訊きたいんじゃねぇのか。
 頭の隅でせっつく本能の囁きを、なけなしの意地が思いっ切りブロックした。
「割と最近STFに入って来た新人でね。年は二十二だって言ってたかな。誠実そうで、結婚したら家庭第一になりそうな典型の」
 どうせ俺は自分の復讐最優先の曲がった男だよ。
 考えるより先に反射でいじけた呟きが、脳裏を右から左へスクロールしてしまうが、どうにもならない。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ