Short&Middle

□黒から青へのグラデーション
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「きれーな髪よねー」
「は?」

 唐突に言われて、エマヌエルは反射的に間抜けな声を出した。
 頬杖を突いて窓際でぼんやりしていたエマヌエルの背後にいつ回ったものか、ヴァルカは髪の結び目を解いて頼みもしないのに櫛を入れ始めている。

「ちょ……っ、お前、何やってンだ?」
「何って、見て解らない? 髪の毛梳いてあげてンの」

 『見て』も何も、鏡の前にいる訳でもないのに見えるか、という突っ込みは敢えて呑み込んで、エマヌエルは彼女からは見えない顔の中で形の良い眉を顰めた。

「ホント、綺麗な黒。艶も深みもあって極上の黒真珠みたいで」
「……おい」
「男の子にしとくのは勿体ないわね」
「……ぶっ飛ばされてぇのか」

 禁句に早々とぶち切れたセリフを捻りもなく口に乗せるエマヌエルに、ヴァルカは動じた様子もなく髪を梳く動作を止めない。

「可愛くないわね、褒めてンのに」
「ンな褒め方されて嬉しがる男がいるかっ!」

 折角の美貌だが、こと女性めいた容姿に関してはとことん劣等感しかないエマヌエルには、確かに普通女性が喜びそうな褒め言葉は歓迎されるものではない。
 しかし、この少年の容姿を褒めようと思えばその種の褒め言葉しかないのも事実だった。

「瞳も綺麗よね。透き通った海みたいな群青色で」

 もう相槌を打つのも面倒くさくなって、エマヌエルはリアクションを言葉にする事を放棄した。

「そーいう褒め方しても、何も出ねーぞ」
「別に見返りを期待してる訳じゃないよ。前から思ってたんだもん」

 ヴァルカの細い指先が髪を梳く。
 髪の毛には勿論神経が通っている訳ではない。けれど、髪の毛につられて頭皮が痛くない程度の強さで引っ張られる感触は正直心地よくて、エマヌエルは不機嫌だった表情を緩めて目を細めた。彼女からは見えないのだから構わない。

 窓から時折入って来る、穏やかな風が気持ちいい。

 普段の生活からは考えられないような静謐な時間は、例えるなら今目の前で窓の外に広がる、凪いだ海のようなものだろうか。

 まるで、嵐の前の静けさ。

 カモメが低く飛んでいる姿が奇妙に長閑に映って、エマヌエルは力ない笑みを浮かべた。

「……なぁに?」
「あ?」
「今、笑ったでしょ」
「そうか?」

 笑みは音となって口の外へ出たらしい。
 その事に、今度は音に出さないように気を付けて口元に苦笑を浮かべる。

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