Short&Middle
□鎖の先に見えるもの
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双子の姉のエレミヤと共に、今日は随分遠くまで来た。
と言っても、十歳にはならないエマヌエルとエレミヤにとっての『随分遠く』は、大人には高が知れている。幼い子供が遊びに夢中になる内に、普段の遊び場エリアから外れることはよくあるものだ。
けれども、キプリング・ヴィレヂは、見渡す限り緑の草原が拡がる中に、ポツリポツリと民家が配置されているような村。隣家が一キロも先、というのが常識で、交通手段は馬車しかない。ちょっと大人の監視から外れたからと言って、うっかり車に轢かれたりする心配は皆無だし、馬車の通行範囲もごく限られている。エマヌエルの住む教会は村の外れにあり、大人たちが馬を動員しての畑作業に勤しむ場所からも隔絶されていた。
そんな住所だものだから、普段の遊びエリアから外れるとしたら、隣村へ続く森へ入り込むしかない。迷子を捜すとしても場所は限られているが、幾度か迷子になる内に、子供の方が森を把握していつしか迷わなくなるのが相場だ。
しかし、エレミヤもエマヌエルも、そこには足を向けたことがなかった。
鬱蒼とした森の中に、ぽっかりと開けた場所があった。一見して、空き地としか見えないその空間は、しかし、明らかに人の手で開かれたものだ。
その場所に、かつて何かがあったのか、それとも木を切った後そのまま放置されたのかは判断がつかない。半円を描くように木が綺麗に切り取られた場所の、ちょうど入り口に当たる箇所には、まるでラインを引くかのように鎖が渡されていた。
勿論、ただ鎖がある『だけ』だ。好奇心の強い子供なら、跨ぐかくぐるかして侵入するのも躊躇わないだろう。
けれど、元々が良く言えば慎重で用心深い、悪く言えば恐がりな嫌いのあるエレミヤは、そっと後退さりしながらエマヌエルの上着を引っ張った。
「……ね、エマ。もう、帰ろ?」
「うん……」
ぼんやりと空間の奥を見つめながら、エマヌエルは上の空で返事をする。
エマヌエルも、好奇心が弱い方ではない。寧ろ、強い傾向で、気になるものには割と後先を考えずに首を突っ込む時もある。
普段のエマヌエルなら、エレミヤの制止も半ば振り切って鎖の内へ足を踏み入れていただろう。だが、この時は違った。
エレミヤに袖を引かれるまま、その場を後にする。
けれど、暫く空き地の奥から目を反らすことができなかった。
「……なぁ、エレミヤ」
「何?」
空き地から離れて少し経った頃、エマヌエルが口を開いた。
「あの鎖の先って、何があったんだろうな」
「何って……やっぱり森なんじゃないの?」
何となく怖かったけどね。
そう付け加えたエレミヤの言葉に、エマヌエルは沈黙を返す。
何となく、怖かった。
そう――何となく。
理由ははっきりとは判らない。けれども、越えてはならない『何か』があの先にあるのかも知れないような、そんな気がした。
双子が生き別れる、ひと月前のある日のことだった。
(fin) 脱稿:2012.03.25.
企画サイト『深淵』に参加・提出致しました。
お題を見た時は、エマとヴァルカの話になる予定でしたが、書き始めたら姉弟の幼い日の話に。
本編が殺伐としているので、たまにはほんわか……のつもりが、ちょっとシリアス気味な不穏な空気漂う小話になってしまってトホホです。
ともあれ、読了ありがとうございました。