Short&Middle

□Exterminate phantom night
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「Trick or treat!」
 外から飛び込んできた声に、ホテルの窓からふと下を見ると、群青色の闇に沈んだ町並みの中を、子供達が色とりどりの列を成している。まるで、その様は深海の底を泳ぐ魚のように思えて、エマヌエルは小さく笑った。彼らが身に付けた衣服が、そのように見えるのだ。
 悪魔や、悪の精霊、お化けに扮した子供達は、付近の家を一件一件回り、玄関で決まり文句を言うと菓子を貰っては、また次の家へと押し掛ける。直訳すると、『いたずらか、もてなしか』だが、もっぱらその内容は、『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』と意訳されている。
 旧暦の頃を起源とする何かの前夜祭らしいが、今となっては祭りの習慣だけが残っているものだ。
 自分も、幼い頃は、ああして村中を回ったものだった。
 もっとも、今の自分は仮装するまでもなく悪魔のようだと思える。化け物、という形容も、あながち間違いではない。まるで未来を予測したかのようなあの頃の自分の行動は、ひどく皮肉にも思えて、エマヌエルは自嘲の笑みを零す。
 訪いを告げる声がしたのは、いつしか凭れるようにして寄り掛かっていた窓からおもむろに離れた時だった。
「エマ? あたし」
 ココン、と軽くノックする音の殆ど直後に、深紅の髪を持つ少女が顔を覗かせる。
 室内にエマヌエルがいるかどうかを彼女が確認しなかったのは、とある一件からこっち、エマヌエルが未だにCUIO監視の下、軟禁状態だからだ。いると分かっているものを、わざわざ確認する必要はないという訳である。
「調子はどう?」
「んー」
 エマヌエルは、わざとらしく伸びをしながら答えた。
「いー加減、体型が豚になりそうな気がする」
 今、エマヌエルが軟禁されているのは、CUIO本部のあるメストル在所の一級ホテルの一室だ。個室としては広く、快適な空間ではあるが、如何せん、そこを出られないとなれば、暇を持て余すのも、運動不足になるのも、どうしようもない。
「だと思って、朗報を持ってきたわ」
 苦笑と共に肩を竦めたヴァルカに、エマヌエルは一瞬そのコバルト・ブルーの瞳を瞠った。
「ってコトは、指定解除か?」
 『指定』というのは、『危険スィンセティック指定』のことだ。
 あるヒューマノティックのおかげで、エマヌエルが危険指定を受けて、早半年になる。正しく濡れ衣もいいところだが、一度掛かった指定は、冤罪だろうがどうだろうが、簡単には外れなかった。
 それがいよいよ外れて自由の身になれるのだろうか、というエマヌエルの期待を、ヴァルカは申し訳なさそうな顔で遮った。
「ごめん、それはまだ。でも、保護監察官付きでなら、外出してもいいそうよ」
「その保護監察官って、当然あんただよな」
 訊けば、ヴァルカは返事の代わりに、唇の端を吊り上げて見せた。
 ヒューマノティックの保護官となれば、当然同等の戦力を持つ者でなければならない。部屋へ閉じ込めておくだけならまだしも、外を出歩いていて不意に暴れられたり、ダッシュで逃亡を図られたりすれば、『普通』の人間の手には負えないからだ。
「旧知の間柄だから、反対する声もあったけどね。CUIO上層部に、他に正体割れてるヒューマノティックってあたしだけだから」
 それより、とヴァルカは唐突に話を転じる。
「早速だけど、夜のデートに幽霊退治と洒落込まない?」
「幽霊退治?」

***

 夜の帳が降りた街中では、相変わらず色とりどりの衣装に身を包んだ子供達が、菓子でいっぱいになったバスケットや、カボチャの中をくり抜いて作ったランタンを手に、『Trick or treat!』と叫びながら駆け回っている。
 エマヌエルも、ホテルの売店で売られていたハロウィン用の菓子を購入した。どうせ、外を歩けば行き合った子供達に菓子を求められるのは目に見えていたからだ。しかし、菓子を購入するエマヌエルを、ヴァルカは不思議そうな顔で見ていた。

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