Short&Middle

□Propose Day
1ページ/2ページ

「――ところで、今日って、プロポーズの日だって、知ってた?」

 ヴァルカの口からその言葉が出たのは、珍しく休日休暇の彼女と、カフェで向かい合っていたその時だった。
「……んにゃ、初耳」
 ややあって答えたエマヌエルは、カップに残っていたコーヒーを啜る。
「して欲しいのか? プロポーズ」
 そう続けると、ヴァルカは何とも表現し難い顔になって、誤魔化すように自分のオーダーしたミルクティーを取り上げ、視線を落とした。
「別に……ただ、署内で一緒の子がこないだそんなコト言ってて……」
 間を持たせるように、やや冷えたミルクティーに口を付ける。だが、この時のヴァルカは、その味をまともには認識出来なかった。
 プロポーズ――つまりそれは、結婚の約束を意味する単語であることは、ヴァルカでも知っている。
 しかし、自分達が、普通の人間と同じように、結婚して家庭を築くなど、有り得ないことだ。故に、普通の女性と同じ、平凡な幸せを得ることもないと思っていた。
 ただ、好きな男――このエマヌエルと、気が向いた時に逢って、温もりを抱き合って眠る日常があれば、それでいい。それ以上は望まない。
 そう思いながら、彼を盗み見る。「ふーん」と気のない返事をしながら、ケーキを口に運ぶ彼の漆黒の髪は、以前より短くなっていた。
 フィアスティック・リベリオンから、シュヴァルツ・インパクトへ続く騒動が、取り敢えずひと段落した後、彼は肩甲骨の間辺りまで伸ばしていた髪を、ばっさりと切り落としたのだ。
『願掛け、してたんだ』
 情けねーけど。
 そう言って、苦く微笑した彼は、やはり美しかった。
 そして、今目の前で無意識に前髪を掻き上げながらコーヒーを飲む彼も、相変わらず綺麗だ。
 髪を短くした所為か、女性と間違われる機会は半減したらしい。が、全くそれがなくなった訳ではないようで、今も、そこここに座る人々から視線がちらほらと投げ掛けられている。男女の比率は、見事に半々だ。
 異性として気になるのでなくとも、エマヌエルの美貌は並外れているから、思わず目が行くのも無理はない。
 それに気付いていない筈はないが、エマヌエルは歯牙にも掛けていない。
 基本的に、彼は自分の容姿に関心がないのだ。賛美する言葉にも、心底分からないという顔で、首を傾げていることが多い。
 ある時など、
『こんなの、どこにでもある顔だろ?』
 と言い放ち、その場にいた全員に白い目を向けられていた。
 エマヌエル程の美貌の持ち主にそんなことを言われた日には、世の俳優やモデルはこぞって廃業しなければならなくなる。嫌味以外の何者でもないのだが、本人にはとことん理解できないらしい。
 そんな、取り留めもないことを考えながら見つめていると、こちらの視線に気付いたのか、エマヌエルが目を上げた。
 眉根を寄せて、何だよ、と訊く彼に、何でもない、と返して、誤魔化すようにまたティーカップを傾ける。
 小さな箱が視界に入ったのは、自然、カップに落ちた視線が、テーブルを通るタイミングだった。
「……何?」
「……いや。だから、して欲しいんだろ?」
 プロポーズ。と続いた言葉に目を瞬き、エマヌエルに向けていた視線を小箱に戻す。
 小箱を覆う、光沢のある柔らかそうな深い紅色は、どこかヴァルカ自身の髪と瞳の色を思わせた。
 再度、顔を正面に向けると、エマヌエルはどこか照れたような表情で頬杖を突いている。その深いコバルト・ブルーの瞳は、あらぬ方を向いて、複雑な色を湛えていた。
「……本当は、その……俺も知ってたんだ。今日が……プロポーズの日だって」
 ぼそぼそと言う声でも、スィンセティックには聞き逃し様のない音量だ。
「……結構迷ったけどな。俺達はこんな身体だし……俺だけに関して言えば、最近まで戸籍もなかったしさ」

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ