Short&Middle
□silent Valentine
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「――ホラよ」
細くて綺麗な指先に掛かっているのは、裸のネックレスだった。
鎖の中央に、シンプルな意匠の水晶飾りが、キラリと光っている。ただ、水晶と言っても本物ではないだろうが。
「……一応訊くけど、コレ何?」
「何って……」
エマヌエルは、深いコバルト・ブルーの瞳をウロウロと泳がせた。
その大人しげな美貌からは想像もつかぬ毒舌で、物事をいつでもはっきりと口にするタイプの彼には、口籠もるという単語自体が似合わない。
しかし、彼は今、間違いなく口籠もっている。
「……だから……その、今日バレンタインだろ」
ヴァルカは目を丸くした。
そういったイベント事には疎そうな彼から、選りによってそんな恋人の祭典の名前が飛び出そうとは。
それに。
「バレンタインって普通、女が男にプレゼントするんじゃないの?」
「……それは……その、東島国だけの風習であって、こっちじゃ男が女にあげても良いんだろ」
っていうか、と挟んで、エマヌエルは若干赤くなった頬を隠すように顔を背けた。
「いらねぇなら別にいい。店に返却するなり捨てるなりするし」
ふい、と鎖の絡まった指が彼の方へ引っ込みそうになって、ヴァルカは慌ててその手首を掴んだ。
「べっ、別にいらないなんて言ってないでしょ! そっ、その……急だったから驚いただけで……だから」
ありがと、とどこか素っ気なく言って、ヴァルカは半ばもぎ取るようにネックレスを彼の指から受け取った。
何だか気まずい沈黙を挟んで、じゃあ、と踵を返そうとするエマヌエルを呼び止める。
「……そのまま行っちゃう気?」
付けてくれないの? と、まるで喧嘩を吹っ掛けるように深い青色を見据えると、エマヌエルは、一瞬瞠目した。
びっくりしたような顔が、苦笑のそれに変わるまで、何秒も掛からない。
無言でこちらに向き直った彼は、ネックレスを握ったヴァルカの手を取って、指先に口吻けた。
「……なぁ、知ってるか?」
「何?」
「男が女にネックレスを贈る意味」
彼の指先が、鎖を解す様がどこか艶めかしく見えて、ヴァルカは目を伏せる。
「さあ」
口先では努めて平板に返した時、ネックレスのホックを摘まんだ彼の両手が、首の後ろに回った。
「相手を束縛したい。って意味なんだってさ」
思わず目を上げると、極上のサファイアと視線が絡む。
「……したいの?」
「何を」
「ッ……だ、だから」
束縛。あたしを。
小さく付け加えた言葉に、返ったのはキスだ。短く啄んだ唇を触れ合わせたまま、挑発的な言葉が降る。
「こんな鎖一つで、束縛されてくれるタマかよ」
選りによって、あんたが?
言われて、苦笑と共にヴァルカは彼の唇を啄み返した。
「……あんたにならいいわよ。束縛されても」
瞠目した彼が、ヴァルカを抱き締めながら「ホントに?」と囁く。
「だって、あたしの意思を無視した束縛はしない筈だもの」
自分達は、同じだった。同じようにモルモットで、意思に反して研究所に囚われていて。
そこから逃げ出して、二度と束縛されないように研究所の破壊を望んで――そして、出逢った。同じように、自由を求めてもがく、世界一互いの思いが理解できる、そんな相手に。
「……だから、大丈夫よ。取り敢えず、今日一日くらいなら好きに縛ってくれても」
「一日かよ」
ハハッと乾いた笑いを漏らした彼が、首筋に顔を埋める。
「じゃあ、どうする? 折角贈った首飾り付けて、どっか行くか? それとも――」
続きは、彼の手がインナーの下へ潜り込むことで示される。
「……ッ、エマ」
ゾク、と背筋を這ったモノをどうにか無視して、彼の顔を上げさせる。
その唇に、深く口吻けることで、彼の問いに明確に答えた。
出掛けるのは、明日でもいい。
そう思ったヴァルカが、翌日腰が立たずに寝込んでいた、というのはまた別の話。
(fin) 2017.02.14.脱稿
とにかく今日バレンタインなので、何か上げねばー、と即興で。
本当はマンガでやりたかったんですけど。
ついでに言うと、ネックレスの薀蓄は、ヴァルカに言わせる筈だったんですけど(笑)。
昨日、外に出た時に考えてた文、ほぼそのまま。
スィンセティックの本編もザックリまるっと直したいー、と前から言ってるんですが、中々。すいません。