Short&Middle

□所詮、傷の舐め合い
1ページ/2ページ

「十二月最後の日って、好きじゃないのよね」
 唐突に不機嫌な声を投げ寄越されて、エマヌエルは弾かれたように正面を見た。
 オープン・カフェで、テーブルを挟んだ向かいに座っているのは、ヴァルカ=クライトンだ。緩やかなウェーブを描く深紅色をしたセミロングの髪が、今日はサイドだけが後頭部で纏められている。
 今日は珍しく、二人はただフラリと街へ出ただけだった。普段、二人一緒に行動することがあるとすれば、大抵はCUIOの仕事が絡んだ時か、でなければ、研究所の情報が入った時だけだ。
 ただ流れる時間を何となく過ごすということは、本当に珍しい。
「じゃあ、家の中で茶でも啜ってれば良かっただろ」
 見当違いに不満をぶつけられれば、エマヌエルでなくとも面白くはあるまい。
 そもそも、何故街へ繰り出して来たかと言えば、彼女の一言が発端だったのだ。

「ねぇ、明日暇?」
 不意に彼女からのお呼びが掛かったのは、昨日の話だ。
 暇と言えば、暇だけど。
 そう返すと、じゃあちょっと付き合って、と言われた。何かあるのか、と問えば、別段何がある訳でもなかった。ただ、二人で歩きたい。女性からそんな風に言われれば、例え意中の相手でなくとも、普通の男なら舞い上がるところだ。有り体に言えば、デートに誘われた、と解釈するだろう。
 しかし、エマヌエルは生憎『普通』と呼ばれる人生は送っていない。いないどころか、恋愛沙汰にはとことん疎い。
 酔った勢いで彼女に迫って自分の感情を初めて認識した。その後日、どういう経緯からか彼女の方からキスをされ、早々に理性は吹っ飛んだ。その場の空気に流されるまま肌を重ねたものの、肝心の気持ちの方は未だ確認していない。自分も勿論告げていない。
 第一、彼女と寝たのもその一度きりで、彼女との関係を恋仲と呼んでいいものかどうかは甚だ怪しい。気の迷いだったと言ってしまえばそれまでだ。
 これも、普通の人生を送って来た一般人の男女が、何の気もなしにやったと言えば、後ろ指を指さして騒ぐ輩もいない訳ではない。しかし、エマヌエルとヴァルカの場合、単純に好きの嫌いので片付けるには、互いに歩いて来た道が重すぎた。
 気持ちだけでなく、他に言っていないこともある。言わなければならないけれど、多分よほどのことがない限り言えないし、できれば言いたくないというのがエマヌエルの本音だった。こうなる前に、きっと言わなければならないことだったと思うが、既に遅い。
 そんな二人が、ただ歩くと言っても、ウィンドウショッピングを楽しむ訳でもなく、他愛のない話をするでもなく、本当に『ただ』歩いているだけだった。
 そもそも、他愛のない話って何だっけ。俺達、今まで一緒にいて何を話してたんだ?
 もし、この時エマヌエルの頭の中を覗ける者がいたら、おいおいしっかりしろよ、とツッコんでいただろう。

 黙って歩いていても沈黙が重くなる一方だった。いい加減解散しようかというところで目に付いたオープン・カフェに腰を下ろすことになったのは良かったが、年の瀬も押し迫った所為か、思った以上に混雑していた。
 帰ろうかと提案したが、それでは出掛けて来た意味がない、と反論され、一時間以上待ってようやく席を確保した。
 そこから更に長い沈黙が続いた後、彼女が出し抜けにボソッと呟いたのが、先のセリフだったのだ。
 周囲は適度にざわついているし、これも年の瀬の忙しさか、カフェに座っていても他人の話に耳を傾けている者などいないようで、彼女の言ったことを聞き咎めた者がいないらしいことだけが幸いだった。
「エマもそう思わない?」
「は?」
 エマヌエルの抗議を受け流したのか聞いていなかったのか、ヴァルカは同意を求める言葉を口にする。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ