Short&Middle
□覚めない悪夢
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室内を歩く『教官』の靴音が、威圧的に甲高く響く。
『教室』で、席に着いた『生徒達』の数は疎ら(まばら)だ。
『お前達は、欠陥品だ。人間としても、武器としても』
幾度も、繰り返し聞かされて来た言葉。
それは、まるで暗示だった。
『だから、お前達「ダブル=ハーフ・ナンバー」はここにいる。せめて、兵器として完全になる為に』
耳を塞ぎたくとも出来ない。
額に取り付けられた『制御環』の所為だ。『被験体』の行動の自由を封じる為に、研究者達が創り出した、狂った科学の産物の一つ。
『その為の再教育だ――――』
◇ ◆ ◇
ビクリ、と身体が大きく痙攣して、エマヌエルは目を見開いた。
視界に映り込むのは、昨夜取ったばかりの宿の天井。
(……ゆ、め……――)
無意識に胸の内で呟いて、エマヌエルは、否、と首を振る。
室内は、まだ薄暗い。
夜明けまではまだ時間があるだろう。
だが、エマヌエルは再び目を閉じる事はせずに、緩慢な動作で上体を起こした。
長い漆黒の髪が、シーツの上を滑るようにエマヌエルの動きの後を追う。
現実の生活は、まるで夢と地続きに思える。
エマヌエルにとっては、覚めない悪夢だった。
現実は、夢の続き。
この身体が――記憶が、全く元通りにならない限り覚める事のない――――。
(――……畜生……)
エマヌエルは、掻きむしるように胸元を掴んだ。寝間着代わりのシャツが、クシャリと皺を刻む。
夢から覚めたい、と何度も願った。
研究者達に身体も、記憶さえも奪われたと認識した時、エマヌエルの意識は一時現実を拒絶した。
それは、種類の判らない恐怖だった。
こんな事は、夢なのだと思いたかった。
少しばかり、質の悪い夢なのだと。
けれども、何度寝て起きる事を繰り返しても、悪夢は覚める事を知らないかのようにエマヌエルの前に在り続けた。
還りたい、と心底願った。
思い出す事も出来なくなった、平穏な日々に。
「畜生……」
口に出して毒づいても、夢から覚める事は出来ない。
歩く殺戮兵器になり果てたこの身体が、こんな口汚い呪文で元通りになるのなら安いものだ。
(……何処まで行けば、自由になれる……?)
エマヌエルは、何度となく胸の内で繰り返した問いを、音にせずに呟く。
だが、答えをくれる者はいない。
夢から覚めたければ、自分で断ち切るしかないのだ。
呪縛も、鎖も、そして悪夢も。
エマヌエルは、深い溜息を吐いて目を伏せる。
今夜は、もう眠れそうになかった。
(fin)
スィンセティック=コードのサイド。
ブログのお題に投稿させて頂いたもので、加筆修正は一切してません(何)。
早く本編もアゲロという……(目が明後日)