こういうのも、遠距離恋愛の一種だろうか。
そんな事をぼんやりと考えながら、ファナ=モーガンは道具を片付ける手を止めた。
(……恋愛、じゃあないわね)
ファナは微苦笑を一つ零すと、片付けを再開する。
アルバイトでモルグ(死体置場)に勤めるファナは、半年程前担ぎ込まれて来た死体に、当然のようにくっついて来たジャーナリストの青年と知り合った。
うなじを半分程覆う程度に長い黒髪に、どこか人を食ったような色を湛えた薄茶の瞳が眼鏡の奥で無邪気に輝いていた。
『この仏さんが巻き込まれた事件に用があってよ』
死体でもないのにモルグに何の用だ、と聞いたファナの質問に対する答えが、彼の第一声だったのを、ファナは何故か鮮明に覚えている。
事件が解決するまでの数ヶ月の間に、ファナと青年――ウィルヘルム=ウォークハーマーが付き合うようになるのにそう時間は掛からなかった。
というよりも、その日の宿に困った彼に家まで押しかけられて、その後、何日もしない内になし崩し的に男女の関係になっただけだから、『恋愛』とは言えないかも知れない。
その彼は、事件が解決すると数日でこの街から姿を消した。
まるで、何事もなかったかのように、手紙一枚残す事なく、出会った時と同じ唐突さで。
約束をしたでなければ、愛の言葉を交わした訳でもない。
彼のいなかった日々に戻っただけだ。
だが、いくら頭でそう言い聞かせても、心のどこかに隙間風が吹くような寂しさを、ファナは自覚していた。
――好き、だったのだろうか。
ファナには、その辺りは未だによく判らなかった。
好きは好きだっただろうが、それが果たして友人に対する『好き』なのか、異性に対するそれなのか。
(……多分、両方、……かな)
ファナは、微かに寂しげな微笑を浮かべて、洗い終えた器具を所定の位置にしまい始める。
その時、急に出入口が騒がしくなった。
続いて、ファナを呼ぶ声。
それに応じると、ファナは準備室を後にした。
不意に沸いて出た感傷に浸る暇はない。
――仕事の続きが、始まる。
(fin)